クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
「相変わらず馬鹿だな、優姫は。十年前となにも変わってないなんて」

 どこまでも人を見下したような、胸に刺さる冷たい声だった。

「私はっ」

 けれど、言い返そうと顔を上げると、慈しむように頬に手を添えられ、言葉を失う。触れられた瞬間、胸中に波紋が広がった。

「本当に変わっていない。昔からずっと優姫は馬鹿で……誰よりも可愛いよ」

 やめて。そんな表情で言わないでよ。お得意の作った笑顔か、小馬鹿にしたような顔でいいのに。からかい混じりの口調でかまわないのに。

 それとも全部、計算のうち? 一馬の言う通り、本気に受け取った私を見て笑うの?

 どんな理由であれ、訴えかけるように、切なげな彼の面持ちは、私には毒でしかない。

 ゆっくりと幹弥の手が上がり、自然と私の頭に置かれようとした。その手をとっさに払いのける。

 眼鏡の奥の瞳が一瞬、驚いたように丸くなった。妙な空気に包まれ、私は彼から逃げ出すように今度こそ部屋を後にする。

 伝えるべきことは伝えた。私の役割も果たした。けれど、仕事はこれで終わりじゃない。今後のことを思い浮かべ、心の中で弘瀬先生をこっそりと恨む。

 彼とは極力、関わらないようにしよう。もう十年前みたいに、心の中をかき乱されるのは嫌だ。

 大丈夫、あれから十年経って、私もだいぶ大人になった。きっとあのとき以上に上手くやり過ごせるはず。

 自分に言い聞かせながら、重ねられた唇の感触がありありと蘇り、私は自分の頬を両手で押さえた。

 ああ、もうっ。変わってないのはそっちもだ。いつも気まぐれで、強引で、私の気持ちなんておかまいなし。

「大っ嫌い」

 小さく呟いて、私は自分のデスクに戻った。
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