クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
「それともなに? 声をかけられるのを待ってた?」

 なにも答えない私に対し、皮肉たっぷりに投げかけられた言葉。いつもはここで反論するところだ。けれど、このときの私は違った。歩いていた足を止める。

「そうだね、待ってたのかも。……ちょっと、家に帰りたくなくて」

 半分自棄、半分本心。消え入りそうな私の声に幹弥は足を止めて、振り返った。その表情から彼がなにを考えているのかは窺い知れない。

 信じていないのか、呆れたのか、蔑んでいるのか。彼の視線を受け止められず、私はうつむき気味になった。

 この際、幹弥にどう思われてもいい。とにかく今はほうっておいて欲しい。私は言いそびれていた言葉を思い出す。

「さっきは、わざわざ間に入ってくれてありがとう。でも私っ」

 そこで再び幹弥が私の手を引き、反対の手を上げてタクシーを止めようとした。意図が読めずに彼の顔を見れば、冷たく笑っていた。

「帰りたくないんだろ。だったら付き合ってあげるよ」

「えっ」

 呆然とする私に、今度こそ彼は、軽蔑の色を浮かべて私を見た。

「得体のしれない男でもいいんだろ? だったら俺にしとけよ」

 ここでようやく私は彼の言わんとしたことがわかった。突き刺さるように胸が痛んで、繋がれている手をほどこうとしたのに、さらに強く握られる。

 しかもこのタイミングで、タクシーが止まり、私はますます逃げられなくなった。でも、それは今だけの話じゃない。

 抵抗しないと。拒否しないと。彼は危険だって昔、嫌ってほど思い知ったはずなのに。だから再会してもずっと距離をとっていた。でも、このときの私はやっぱりどこかおかしかった。
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