クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 彼はさっきの一馬たちとのやりとりを聞いていたんだろうか。聞いていなくても、実家暮らしではないことも伝えたうえで、こんなときに迎えに来てくれるような、いわば恋人と呼べる存在が私にいないのは明白だろう。

 私は静かに口を開く。

「いない、けど。でも本当に大丈夫だから」

「遠慮しなくていいよ。それに、こういうとき素直に甘えておくのが可愛い女の子だと思うけど?」

 その発言に私の頬がカッと熱くなった。彼に悪気はないのだろう。けれど、さっきの一馬たちとのやりとりがあったからか、暗に可愛くないと言われた気がした。

「桐生くん?」

 そんな私たちの間に第三者の声が届く。店から出てきたのは、彼の隣を常時キープしていた山下さんだった。メイクも服装もばっちりきめて、もちろんスカートをはいている。

 家は会社を経営しているらしく、正真正銘のお嬢様だ。上品で、おっとりしていて、一馬によると男子の間でも可愛いと評判らしい。

 緩やかに巻かれたな茶色い髪からはほのかに甘い香りが漂い、まさに桐生くんの言う「素直に甘えられる可愛い女の子」だ。今もこうして、彼をわざわざ探しに来たらしい。私は居た堪れなくなり彼に早口で宣言する。

「桐生くんは戻りなよ。お気遣いありがとう。でも私、急ぐから」

「誰かと約束?」

 なにげなく問いかけられる言葉に私はイラつきが隠せない。どうして、彼はいちいち私の事情に首を突っ込んでくるのか。

「そう、家で待っている彼がいるの」

 一瞬だけ、彼の大きな目がさらに見開かれた気がした。そんなに驚かなくたって。少しだけ発言を後悔しながらも、私はなにも言わずに、さっさとその場をあとにして駆けだす。振り返ることなく夜に溶けていった。
< 31 / 129 >

この作品をシェア

pagetop