クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 ここで一馬のことを話題にされ、少なからず私は動揺した。桐生くんはわずかに首を傾げて、行儀悪くも背もたれ越しにさらに身を乗り出してくる。その姿は、やはりいつもの彼らしくない。

「誰も信じないよ。俺は君とは違って完璧だから。彼や周りのために必死に自分を作っている君とは訳が違う」

 『彼』が誰のことを指すのか、確認するまでもない。あまりにもはっきりした言い方に、私はかつてないほど心乱された。桐生くんは私から視線をはずしてわざとらしく続ける。

「健気だね。本当は女の子として見て欲しいのに。周りや彼が望むからって懸命に自分を押し殺して。そうすれば彼が振り向くって信じてるから? でも、きっと彼は君のことを」

「わかってる」

 桐生くんの軽快な口調を遮るように私は小さく、けれどきっぱりと呟いた。桐生くんの瞳がわずかに揺れて、一瞬だけ私たちの間に沈黙が降りる。

 彼から視線を落として、私は静かに口を開いた。

「いいよ、わかってる。一馬が私のこと、そういう対象として見てないのも。変わりたいのに変われないのを、あいつや周りのせいにしてる自分も」

 私はずっと一馬に片思いをしていた。中学の頃、席も近くてなにげなく話すようになったことがきっかけ。でも、ただの仲のいい異性。彼にとって私はそれだけだ。

『俺、女子っぽい女子って苦手なんだよな。そこらへん、お前といると楽っていうかさ』

 そんなふうに言ったことを、一馬はもう忘れているに違いない。けれど、自分を肯定してもらえた気がして、このままでいいんだって言ってもらえた気がして、嬉しかった。

 まさかこの発言がこんなにも自分を縛ることになるなんて思いもしなかったけれど。
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