クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 帰りたくなる衝動を必死に抑える。そのとき、一際大きな子どもの駄々をこねる声が耳に届いて、我に返った。

 駅の扉横にある自動販売機のスペースで五才くらいの女の子が大声で泣いていて、母親らしき人が腰を落として、向き合っている。

 そばには、小さな男の子を抱っこした男性、おそらく父親が困った顔をしてその様子を見守っていた。

「やだー。冷たいから、もう脱ぐ―」

「ここ外だし、寒いから脱がないの。ちょっとの間、我慢して」

「やだぁぁぁぁ!」

 来ているワンピースを掴んで、今にも脱ぎそうな勢いだ。飲んでいた飲み物をこぼして服を濡らしてしまったらしい。けっこう派手に濡れている。

 不快感からか服を脱ぐと言い張る女の子に両親は手を焼いていた。それにしても、あのままでは風邪を引いてしまう。

「あのっ」

 私は大股で近づいて、つい声をかけてしまった。家族の視線を一気に引き受け、どうも気まずくなる。一瞬だけ迷ったけれど、私は羽織っていたコートを脱いで、ワンピースの上に着ていたニットに手をかけた。

「これ。着てますけど、汚れていませんし、よかったら使ってください」

 そう言って大胆にもその場でニットを脱ぐと、母親は立ち上がって顔を青ざめさせた。

「そんな、かまいませんよ!」

「おねえさんのお洋服、リボンついてて可愛いー」

 しかし、女の子は気に入ったようで、泣きやんでこちらを見上げている。私は彼女に笑いかけた。

「うん。だから、これを着てね。寒いからちゃんとお洋服を着ないと風邪引いちゃうよ」

「はーい」

 急に上機嫌になった女の子に大きめのニットを渡す。「着せて―」と母親に言いだすので、ご両親はこちらが恐縮するほど頭を下げてくれた。
< 88 / 129 >

この作品をシェア

pagetop