クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 ずっと感じていた倦怠感はどうやら熱が上がる前触れだったらしい。幹弥がなにげなく私の肩を抱いた。

「とにかく帰ろう。タクシーを拾う」

 駅のロータリーにあるタクシー乗り場に足を進めようとするので、抵抗するように私は立ち止まる。

「ありがとう。でもひとりで帰れるから」

「ひとりで帰るってどこに?」

「どこって」

 実家は遠いから、私の家以外にありえない。すると幹弥は私から視線をはずして面倒くさそうにため息をついた。

「このままもっと熱が上がってなにかあったら困るだろ。とりあえず家に連れて行く」

 彼の発言に私は目を丸くして、続けて首を横に振る代わりに目を瞬かせた。

「い、いいよ。幹弥、せっかくのオフなんでしょ? 私は平気だから好きに過ごしたらいいよ」

「ここでひとり、俺にどうしろと?」

 だって、さっきの女性は? すごく親しそうだったし、私じゃなくても、彼女と過ごせばいいじゃない。

 喉まで出かかった言葉は声にはならない。本当に熱が上がってきているのか足元がふらついてきた。さらに幹弥に体を寄せられ、もう余計な抵抗はできなくなる。

「いいから、おいで。心配しなくても、病人に手を出すほど、俺は節操なしじゃない」

 心配しているのは、躊躇っているのはそんな理由じゃない。でも耳元で優しく言われたセリフが十年前と同じで、そんなことになんだか安心する。

 結局私は、あのときと同じ彼に促されるまま、彼の自宅に向かうことになった。
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