運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
「手術って、日本じゃダメなんですか?」
「できる医師がいないのよ。……ただ一人を除いて。でも、その“ただ一人”に頼むのは、プライドが邪魔していやなのよ。だから、彼には診察のみ頼むことにしたの」
苦笑しながら、早苗先生はそう話した。
プライド……その発言から何となく、“ただ一人”の医師に見当がつく。
「それって、藍澤先生のことですか?」
「ええ。最初はなんていけ好かない男だと思っていたけど、外科医として優れているのは認めざるを得ない。院長からの信頼も厚く、可愛い婚約者もいて……何より、健康で。それらを何の努力もせずに手に入れている彼が、心底恨めしい」
かすかに声を震わせ、正直な心境を吐露する早苗先生。けれど私はひとつだけ彼女の発言に引っかかる部分があって、思わず口を挟んだ。
「……何の努力もせず、というのは、違うと思います」
「え?」
前に、彼が語っていた。自分は天才なんかじゃない。努力の人間だって。その時の彼の目に、嘘はなかった。
「藍澤先生は、今でもオペには恐怖が付きまとうと言っていました。人間がやることに百パーセントはないからって。それでも彼が“天才外科医”だなんて言われているのは、その裏に地道な努力があって、ひとつひとつ成功を積み重ねてきたからじゃないでしょうか」