運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
魅入られたのは、悪魔の方
-side 藍澤天河-
北条先生の手術から三週間。順調に回復した彼女は、ようやく退院の日を迎えた。
仕事が立て込んで夕方になってしまったが、俺は主治医としてひとり彼女の病室を訪ね、最後の言葉を交わしていた。
「もうどこも悪くないんだから、辞表、撤回すればよかったんじゃないですか?」
「そういうわけにはいかないわ。私がここを去るのは、病のことが理由というだけじゃないから……」
そう言いながら荷物をまとめる彼女の姿はきびきびとしているけれど、どこか哀愁が漂っている。彼女の言う“理由”とは、やっぱりあのことなんだろうか。
俺は以前から薄々感じていた疑問を、彼女に投げかけた。
「……院長のことがあるから?」
ぴたりと動きを止めた彼女が、俺を振り返る。どうやら図星だったようで、観念したように苦笑して話し出す。
「気づいていたの?」
「まあ、なんとなくね……。別に不倫してるわけじゃなさそうだったから、静観してましたけど」
「そんなこと、院長がするわけないじゃない。私が一方的に想っていただけだし、どうにかなろうだなんて思ったこともないわ。仕事上のパートナーとして、彼の役に立てればそれで満足だった」
北条先生は窓辺に移動し、そこから差し込む西日の眩しさに目を細めた。