運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
「そうなんです。でも、父は私の気持ちを無視して藍澤先生を推してくるばっかりで……そんなにすごいお医者さんなんですか? 藍澤先生って」
素朴な疑問を投げかけると、工藤さんは少し考えてから教えてくれる。
「僕は医者でないのでよくわかりませんが、どうやら彼にできないオペはないらしいです。そのうえ、技術は正確で速い。“彼は天才だ”と、院長は言っています」
「わ。そんなにすごい人だったんですか……」
私はドクターとしての彼を一度も見たことがないから、にわかに信じがたい。
確かに、口が巧いわ指先が器用だわ、色々とテクニシャンだって言うのは、身をもって味わったけどさ……。って、何を思い出してるの私!
恥ずかしい記憶を必死で封印しようと焦る私の隣で、ハンドルを握る工藤さんの横顔が、急に険しいものになった。
「でも……医者として優れているからといって、素晴らしい人間だとは限りません」
その言い方ってもしかして、工藤さんは藍澤先生が悪魔と呼ばれるゆえんを知っている?
私の問いかけるような視線を受けて、工藤さんが話し出す。
「院長は単なる噂だとおっしゃいますが……前の病院にいたころの彼は、当直のたびに当直室に別の看護師を連れ込んだり、入院患者にキスをしたり。とにかく女性関係での悪い噂が絶えなかったらしいのです」