運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
「ああ、うちの場合は両方だね。というか、家族全員か。父親は外科医で、美琴ちゃんのお父さんと同じく病院を経営してて、母親は産科医。ちなみに俺、三兄弟の次男なんだけど、兄貴も弟も医者なんだ」
「へええ……」
一家そろって医者とはすごいな。じゃあ、藍澤先生は完全なるサラブレッドなんだ。医者になるべくしてなったって感じ。
「実家の病院の跡取りはもう兄貴で決まってるから、俺はけっこう自由でさ。結婚も、したけりゃしなさいっていうスタンスなわけ。つまり、この婚姻届を提出しても全く問題ナシってことだね」
そ、そんな風に太鼓判を押されても、「じゃあサインしましょう」ってなるわけないんですけど……。
婚姻届けをじっと睨んで考えあぐねていると、ふいに無機質な着信音が鳴り響いた。
その瞬間、藍澤先生の表情がスッと緊張感の滲んだ“医者”の顔になり、胸ポケットから院内用のPHSを取り出して、すぐに応答した。
「藍澤です。……急変? すぐに行きます」
慌ただしく立ち上がり、部屋を出て行こうとした藍澤先生だけど、扉の前でくるっと振り返ってこう言い残した。
「それは、美琴ちゃんに預けておくよ。決心がついたら、サインして出しちゃっていいから」
「え、ちょっと、そんな……!」
待って、と言いそうになって、飲み込んだ。苦しんでいる患者さんを待たせてはいけない。急変とか言ってたし……。
「それにしてもこれ、どうすればいいのよ……」
一人にされた部屋で、改めて婚姻届を眺める。これにサインしたら、本当に悪魔の妻になっちゃうわけだよね……?
そんなサラッと決心なんかつくはずないじゃん。
私は婚姻届を前に途方に暮れ、ため息をこぼすしかなかった。