愛されたい、ただそれだけ
見たことがない、古い旅館のような形のところに来た。
お母さんが玄関に立っていて、それだけで安心した。
お母さん生きてる!
でもお母さんの顔色は曇っていた。玄関には誰かの苗字が書いた紙がぶら下がっていた。
無言のお母さんに手を引かれ中に入っていった。
中は泣いてる人ばっかで、ここがどこだかよく分からないし、また怖くなった。
一番上のお姉ちゃんのところに小走りで戻り、手を握った。ぎゅっと強く握った。
お姉ちゃんはゆっくり、わたしにもわかるように説明してくれた。

「あのね、藍ちゃん。従兄弟がね、事故でなくなったの」

従兄弟。
従兄弟…?
私は小学校2年生までいとこという人に会ったこともなければ聞いたこともなかったので、誰だかわからなかった。

『お姉ちゃん、従兄弟ってなーに?』

「お母さんにも妹がいてね、その人にも子供がいたの。その子供が、私たちの従兄弟って言うのよ」

そっか。
でも会ったことがない人だったから難しいことはよくわからないし、泣けなかった。

事故が、事故がと、話す知らないおばさんの声が聞こえた。私はその中でべろべろに酔っ払ってる白髪のおじさんの膝の上に座り、鶴を折ってもらっていた。
私には難しくてわからないけれど、大人でもよくわからないのかもしれない。
こんなべろべろに酔っ払ってしまう人もいれば、ずっと泣いている人もいる。
きっと人が死ぬって難しいことなんだろうなってことしか、この時はわからなかった。
でもやっぱり自分のお母さんがって考えたらまたつらくなった。だから、そういう泣いてる人と泣いていない人の境界線ってそこなんだろう。きっとあのたくさん泣いている女の人にとってあの箱の中の男の子はすごく大切な子だったんだ。
私たちには踏み入れ方のわからない家族という囲いがあって、私たちはそれを黙って見ていることしか出来ない。



< 5 / 8 >

この作品をシェア

pagetop