眠らせ森の恋
 



 しばらくすると、ノックの音がして、西和田が入ってきた。

「社長、お昼は――」

 どうされますか、と訊かれる前に、
「いや、今日はいい」
と言うと、西和田は、チラとデスクの端にある重箱を見て、

「秋名ですか。
 失礼、奥様ですか」
と言い直す。

「いや、此処では一社員だ。
 秋名でいい」

 妻どころか、婚約者であるかどうかも怪しい女だからな、と思いながら言った。

 肝心な妻の役目、なんにも果たしてないしな……。

 ふと気づくと、西和田が興味津々、重箱を見ている。

「見るか」
と蓋を開けて見せると、すぐに覗き込んでくる。

「へえ。意外に料理上手ですね」

「……食べてないのに、その根拠は?」
と言うと、

「焦げてない」
と言う。

 どんだけ、つぐみに対して想定しているレベルが低いんだ、と思った。
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