眠らせ森の恋
 




「最近、社長は楽しそうだ」
 つぐみが給湯室で湯呑みを棚に片付けていると、背後から声がした。

「うわっ、西和田さん、何処から来られましたかっ」
と茶碗を落としかけて、あたふたしながらつぐみは言う。

「いやまあ、どちらかといえば、社長をお前に夢中にさせておいた方がいいんだが」

「大変ですね、スパイも」
とうっかり言ってしまい、声がデカい、と睨まれる。

「お前の方がすごい女スパイ並みだぞ。
 身体も使わずに社長を虜(とりこ)にするとは」

 あれ……、虜になってますかね? と思いながら、

「いや、単に私が、次になにをしでかすかと思って、気になっているだけのような気がするんですけど」
と言うと、

「ところで、すごい弁当だったが、お前も弁当なのか?」
と西和田は訊いてくる。

 はい、と言って、つぐみはにんまり笑った。
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