過保護な御曹司とスイートライフ
「なんだよ」
「デリカシーがなさすぎます」
そんな会話をした私たちを見て、ふっと笑ったあと、辰巳さんが続ける。
「そこまで大きな企業ではないとはいえ、社長の息子という立場から、嫌な大人もそれなりに見てきた。その中で、彩月のお父さんはとてもいい人に見えた。
穏やかで家族思いで、会食では当時小学生だった俺にも気を遣ってくれるいい大人に思えた」
辰巳さんは、テーブルの上で湯気を立てる紅茶を眺めているけれど、その瞳はもっと遠い過去を見つめているように見えた。
悲しそうな横顔をじっと見つめる。
父は外の人にはいい格好したがる人だったから、辰巳さんの目にも印象良く映ったのだろう。
「でも、それから少し経ったあと、彩月のお父さんの会社経営が傾き始めた。どうにか融資してくれないかってうちの父のところにもきたけど……その時、父が『昔ならお嬢さんを担保代わりに頂いてたりするんですかね』なんて冗談を言っていた」
辰巳さんは、軽蔑するような笑みをひとつ落としてから言う。
「そんな事を言う父も父だとは思う。でも、それに対して『辰巳さんの会社とそんな強い繋がりができるのならぜひ』と彩月の希望も聞かずに、それ以上ないくらいに軽くふたつ返事を返した彩月のお父さんに、絶望した」
辰巳さんが言った〝絶望した〟という言葉が、その意味以上の冷たさを持っているように感じた。
感情を捨てたような無機質な声に、ぐっと奥歯を噛みしめていると、不意に辰巳さんがこちらに視線を向けた。
意識してなのか、浮かべてくれる微笑みに、気を遣ってくれているのがわかって胸が痛くなる。
「いつだったか、ペットの話をしたのを彩月は覚えてる?」
「……はい」
しっかり覚えている。辰巳さんのおうちで飼っていた犬が近所の人を噛んでしまって、そのため、辰巳さんのご両親が犬の処分を決めたこと。
そのことを後から聞いた辰巳さんはすごく後悔して……悲しんでいたこと。