過保護な御曹司とスイートライフ


「実家はたしかに会社を経営してますけど、そこまで大きな会社ではないですし、私が小学校から中学に上がる頃は、数年に渡って経営難に陥ってたくらいですから」

結局、危ないかもしれないとはなったものの、なんとか危機は脱したようだった。

まだ子どもだった私には両親はなにも話そうとはしなかったけれど、雰囲気でわかる。怒鳴り合っている姿を見かけることもなくなったし、家の中の空気が穏やかになったから。

……ああ、その頃だったなぁと懐かしく思い出す。

学校から帰ると、リビングに両親と辰巳さん一家の姿があって、そこで婚約の話をされたっけ、と。

「辰巳さんは私の婚約者なんです。中学の頃、両親にそう紹介されました」
「……は? 婚約者?」

今の時代、婚約者なんて決まっているのは珍しい。

当人同士の意思でそういう関係を結んでいる人は少なくないかもしれないけれど、私みたいにほぼ初対面に近い人を『彩月の婚約者の辰巳柊哉くんだよ』なんて紹介されるのはきっと多くない。

あまり表情が豊かではない私でさえ当時はポカンとしてしまったのだから、成宮さんが驚いた顔をするのも当たり前だった。

「私の父親と辰巳さんのお父さんは仲がいいんですけど、話しているうちにそういうことにまとまったらしくて。
全部が全部、決定したあとの事後報告だったので……嬉しそうにしている辰巳さんのご両親を前に嫌だなんて反対はできませんでした」

私の両親に辰巳さんの両親、そして辰巳さん。
私よりもずっと大人な人達を前にして、私の意見なんて聞いてもらえるはずがなかったし、それがわかったから私も何も言わなかった。

嫌だなんて言ったら、リビングを流れる穏やかな空気を壊してしまうことがわかったから。



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