過保護な御曹司とスイートライフ
金曜日夜のオフィス街。近くに止めたらしい車から降りてきたスーツ姿の成宮さんは、グイグイくる男の人を『迷惑してるみたいに見えたけど、強引なのはよくないんじゃないか?』と紳士的に撃退してくれた。
男の人の後ろ姿をなんとなく眺めていると、腰を折った成宮さんが私の顔を覗き込むようにして聞いた。
『大丈夫か? 金曜の夜なんて浮かれたヤツ多いし、ぼーっとしてて持ち帰えられても文句言えないからな。自分で気をつけた方がいい』
腰を折ってくれても見上げなきゃ合わない視線に、背が高いんだなと思った。
そして、心配してくれる声のトーンや雰囲気に、ああ、この人がいいなと思った。
直感だった。
『ぼーっとして見えたなら、あなたが持って帰ってくれませんか?』
『は?』
見上げる先で、成宮さんはたぶん、キョトンとした顔をしていた。
『私、どうしても今日、誰かにお持ち帰りされたいんです。だから、迷惑じゃなければ』
結構な大胆発言だっていうのはわかっていたし、きっと驚かれるだろうなっていうのも想定済みだった。
成宮さんは、私の想像通り驚いていた。
『……それ、本気で言ってんのか? 持ち帰りって意味、わかってる?』
『もう二十二なのでさすがに知ってます。それに、本気です』
目を逸らさずに言った私を、成宮さんは少し困ったような顔で見ていた。
『電話番号もアドレスも交換しませんし、名前も知らないままで構いません。一晩一緒に過ごしてくれたら、それでおしまい。もう、二度と会いません。後腐れゼロです』
まるで売り込みのようにメリットを説明すると、成宮さんは『二度と会わないって言ったってなぁ……』と、後ろ頭をかく。
二十一時。オフィス街は帰宅するサラリーマンが途切れることなく通り過ぎていく。
成宮さんがどんな顔をしているのかだとか細かいことは、コンタクトを外してきたせいで、ぼんやりとしかわからない。
それでも、困っているのかなっていうのは、声のトーンや仕草で充分わかった。