過保護な御曹司とスイートライフ
『今日じゃなきゃ、ダメなんです』と呟くように言うと……少ししてから、ため息が聞こえた。
そして、ポスッと頭に大きな手が乗る。
『相手は誰でもいいんだな?』
『……はい』
コクリとうなづくと、成宮さんは『んー』と少し悩んでいるような声でうなってから、私の髪をグリグリと撫でた。
『じゃあ俺が持ち帰る。おまえ、なんか危なっかしいし、ここに立たせてたら危ない酔っ払いにでも拾われそうだし』
『え……いいんですか?』
驚いて顔をあげると、私の頭に手を置いたまま、成宮さんが聞く。
『ただ、俺だって危ないヤツかもしれないけど。それでも、本当にいいのか?』
多分合っている視線。真面目な顔をしているんだろうなっていうのが声でわかった。
確認してくれる、厳しくも優しい声に、笑みを浮かべながら『はい』と答えた。
――そして。
『でも、ひとつだけお願いがあります』
『お願い?』
『はい。……ひどくしてください』
見つめる先。成宮さんの顔に驚きが広がっていくのが、ぼんやりとわかった。
ホテルを出て、迷うことなく東にのびている道を歩き出す。
昨日、成宮さんの車に揺られながらどういう道順でここにきたのかは、きちんと覚えていた。
酔っていたわけでもないし、今日、こうして朝こっそり抜け出して帰るつもりだったから、ひとりでも帰れるように。
朝の五時五十分。三月の空には太陽はまだないものの、霞がかった青空が広がっている。
暦の上では春というけれど朝の空気はまだまだ冷え切っていて、ピュッと吹く風に思わず縮こまってしまう。
見上げると、薄い雲のかかった綺麗な空に高いビルがいくつものびている。
そんなビルの中でもひと際目立っているのが私が今までいた高級ホテルなんだからすごいなぁ……と、ちらりと後ろを振り返って再確認する。
さっきまでそこの最上階で寝ていたなんて、信じられない。
この先、あんなホテルに泊まれることなんてまずないだろうなぁと思いながら、成宮さんってどういう仕事をしてる人なんだろうと考える。