過保護な御曹司とスイートライフ
「ねぇ、あの子でしょ? 副社長と同棲してるっていう……」
更衣室で制服から私服に着替えていると、そんな声が聞こえてくる。
矢田さんは言いふらしたりする人じゃないから、あの時の成宮さんとの会話を他の誰かも聞いていたってことなんだろう。
「普通だよね? なんか意外……」
「地味な子が好みとか?」
ヒソヒソ話が聞こえてくる中、着替えを終え、バッグを取り出したあとパタンとロッカーを閉める。
それから、こちらにチラチラと視線を向けている他部署の女性社員に「お疲れ様でした」と声をかけ、更衣室をあとにした。
会社を出て、最寄りのスーパーに寄る。そして、夕飯の材料をカゴに入れながら、そういえば、ああいうヒソヒソ話をされるのは懐かしいなぁと思い出す。
高校や大学の頃、たまに辰巳さんが学校まで迎えにきてくれることがあった。
それを目撃した他の生徒は、辰巳さんと私を見比べて今日の女性社員と同じようなことを口にしていたっけ。
また、辰巳さんが高級車で来たりするから余計だったのかもしれない。
整った、モデルみたいな顔立ちに高い身長。オシャレな服。それは、他の生徒の視線を集めるには充分すぎるほどだった。
『彩月。おかえり』
辰巳さんの笑顔が、声が、頭のなかに浮かぶと同時に足に繋がれた鎖がジャリ……と音を立てた気がした。
成宮さんの部屋で暮らすようになって、半月が経つ。
思いっきりイケナイことをしてみたいという思いから始まったこの生活のなかで、最初はこの先の自由を諦めるつもりだったのに……。
諦めるどころか、心はわがままに叫ぶばかりだ。
「だから、あれは本当に嘘なの。嘘っていうか、相手がそんな感じだったから合わせなくちゃで……ほら、成宮さんだってわかるでしょう? そういう面倒くさい付き合いがあること」
マンションの前についたときだった。
女性の声が聞こえてきて、しかもその声の中に〝成宮〟という名前が入っていた気がして顔を上げる。
すっかり暗くなった、四月の空の下、マンションからは上品なオレンジ色の明かりが漏れている。そのエントランス前に、若い女性と成宮さんの姿があった。