Darkest White
次の瞬間、彼は木立へ向かって身を翻した。
あっという間の出来事だった。
「来たーーーーー!!」
男たちの荒い声とともに、鈍い音が響き渡った。
だけど不思議と怖いとは思わなくて、ただ、胸の奥がすうっと冷たくなった。
今のうちに逃げればいいのに。ていうか、普通だったら命からがら逃げていてもいいはずなのに、どうして、わたしは動けないんだろう。
ーこの夜の喧嘩に何を期待しているのだろう。
月光の木漏れ日を浴びながら、ただ、何をするでもなく、茂みに全体重をかけて座っていた。
湿った土がスカートを濡らすのがわかったけど、今更どうでもよかった。
帰ろうかな…帰りたいな。
だけどどうしても腰が上がらなくて、どうでもいいけど昨日お皿洗いしたっけな、なんて考えて。
バックグラウンドミュージックみたいに聞こえるのは、ボフっていう人の拳が人の体に当たる音と、その人の呻き声。
冷静な自分と笑顔な自分を想像して、乾いた笑みが浮かんだ。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
ぼうっと月明かりを見つめていると、
いつの間にかあたりはまた元の静けさを取り戻していたことに気づいた。
ふと、また突然、あの人は木立の中から現れた。
黒いコートに、月光で光る靴。
胸元が少しはだけた血色のシャツに、
吸い込まれそうな闇色の瞳。
呼吸1つ乱れていない彼は、正に異世界の悪魔のように見えた。
公園の中に広がる光景は見なくても想像ができた。
無傷の彼。静まり返った男たち。