Darkest White
「わかってるってばー。」
子供らしく唇を突き出せば、ムニッとほっぺたを引っ張られる。
「大きくなってほしくないな…。ずっと、かわいい凛ちゃんでいてね?」
小さく微笑む笹原さんに目尻が痛くなって顔を背ける。
「もお、やだなあ。子供じゃないんだから。」
「ふふっ。そうだなあ。子離れできないパパみたいだ。」
どこか寂しそうに、それでいて誇らしげな表情をする笹原さんに、ウッと喉の奥から声が漏れた。
ドロドロとした想いが苦しげな音となって絞り出されたことに自分自身驚いた。
「凛ちゃん?!」
笹原さんを見たいけれど、視界が歪んで何も見えなくなる。
ああ、笹原さん。
ーわたしはどうして笹原さんに出会ってしまったのだろう
「っ…ぅう……。」
歪んだ世界に見えるのは、大好きなあなたの姿。
ずっとずっとわたしを勇気付けてくれた、正義のヒーロー。
わたしが守れなかった…優しいヒーロー。
「凛ちゃん…。」
肩に感じる温かい重みが、余計にわたしの嗚咽を促す。
「凛、いつも頑張ってて偉いね。」
子供をあやすようなその口調に、ああ、やっぱりわたしはまだまだ子供なんだと実感する。自己中心で、大切なあなたにもらってばかりのわたし。
わたしは一度でもあなたに何かをしてあげれたことがあるだろうか。
「凛が人一倍努力してて、頑張ってること、僕が一番知ってるよ。」
泉から湧き出す水みたいに、すっと体に染み渡る彼の言葉にわたしは何度救われただろうか。
「……凛、」
昔からずっと変わらない乾いた手のひらが、わたしの涙で濡れた手をそっと包み込んだ。
「側にいてあげられなくてごめんね。」
違う、違う。どうして笹原さんが謝るの?
たかが切れたみたいに後から後から雫がこぼれ落ちて、赤ちゃんみたいに声を漏らす。
何度も首を振れば、笹原さんはまるでそれを阻止するかのようにぎゅっとわたしの頭を抱き寄せた。
古本のようでどこか苦い、だけど懐かしい匂いがわたしを包み込む。
大好きなあなたの温もりは、十年前のあの日から何一つ変わっていない。
変わったのは、わたしだけ。
「約束…ずっと引き延ばしになっててごめんね。」
ぶわっと溢れる涙を見られないように、あなたの胸に顔を押し付ければ、優しい手のひらでそっと頭を撫でられた。
何年ぶりだろう。あなたの元で泣いたのは。
やっぱりわたしはあなたに頼ってばかりで、いつになっても大人になれない。
巣立ちできない雛鳥を、いつまでも見守ってくれる親鳥なんていないのに…。