Darkest White
「…おい。」
どのくらい時間が経ったのかわからなくなった時、携帯の奥から低い掠れた声が耳に届いた。
「家を出ろ。」
「…え?」
「いいから、家を出ろ。」
家出をしろって…?
「余計なこと考えんじゃねえ。」
「……。」
「玄関開けろっつってんだよ。」
えっ…?
ま、さかね…
わたしは急いでリビングを飛び出して、大きなピカピカに磨かれた玄関のタイルに足を滑らせる。
ガチャ…
「っ……。」
ねえ、どうして…?
風で揺れる赤い風船。
すっかり暗くなった空に映える、真っ赤な紅色の風船。
冷たい夜風がそれを静かに揺らす。
「…誕生日、おめでとう。」
低いその声が、風船の後ろから風に乗って流れてくる。
どうしよう…どうしよう…
ん、と突き出されたその紐を握れない。
「んだよ、めんどくせーな。」
光は無理やり震えるわたしの手にそれを突っ込む。
きっと寒いから、震えてるんだ。
「何かをもらったら素直に喜べ。失礼だと思わねーのか?」
そんな声が聞こえるけど、今のわたしにはいつものように笑うことさえできなければ、他人行儀に謝ることもできない。
「チッ。」
舌打ちが聞こえる。
しばらくお互いの間に永遠の静けさが続く。
ぼんやりと見える彼は、少し大きめの黒いパーカーをすっぽりとかぶっていて、どこか暖かそうだ。
「…俺で悪かったな。」
不意にそんな言葉が耳に届いた。
っ……っ、どうして、まるでわたしのことを全て知っているみたいに言うの…?
風が吹く。
どこか遠くで工事現場の音が聞こえる。
だけどそれ全てが色あせて、ただ、光だけが輝いて見えた。
「…寒くねーか?」
そう言われて、初めて体が芯から冷え切っていることに気づいた。
次の瞬間、わたしは甘い香りに包まれていた。
「これでも着てろ。」
それはついさっきまで光が着ていてた大きなパーカー。
わたしを優しく包み込む。