美意識革命
「良ければ送りますよ。」
「え…いや、そこまでご迷惑をおかけするわけには…。」
「だって近いんですよね。僕も近いので。どっちですか?ここは渡ります?」
「…いえ、左に行きます。」
「あれ、僕の家と同じ方向ですね。本当にご近所さんだ。」

 やや弾んだ声でそういう森はやはり30歳になろうとしている人間にはとてもじゃないが見えない。

「あのアパートです。」
「僕はその奥のアパートですね。」
「…本当にご近所さんじゃないですか。」
「そうですね。また突然会ったら、声掛けても大丈夫ですか?」
「あ、はい。もちろんです。…でも、今日の話は絶対他の人には言わないでくださいね。特にジムの方々には!」
「言うわけないじゃないですか。秘密は守ります。」
「お願いします。私も秘密は守ります。」
「僕のはジム内ではそんなに秘密でもないですけどね。」
「で、でも!私が聞いてるってことは、誰にも知られないようにしますから。」
「はい。」
「そ、それじゃ、送ってくださってありがとうございました。おやすみなさい!」
「はい、おやすみなさい。明日も仕事、頑張ってください。」
「…ありがとう、ございます。」

 森は一度微笑むと、振り返って歩き出した。

「あ、も、森さん!」
「はい?」

 呼び止めるほどのことじゃなかったけれど、それでも今言っておかなければならない気がした。

「も、森さんにはきっと新しい好きな人、できます。私と違ってひねくれてないし、真っ直ぐだと…思ったので。だから、大丈夫です。えっと、…あの、それだけ、なんですけど。意味不明ですみません!それだけです!」

 言い方を間違えてしまった気がする。段々恥ずかしくなってきた。羞恥心に合わせて頬の温度も上昇する。
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