美意識革命
 由梨はぐいっと目元を拭った。

「わ…ご、ごめんなさい。とんでもないタイミングで声掛けちゃいましたね。見慣れたパーカーだなって思ってつい…。」
「い、いえっ…。大丈夫です。何でもないんで。」
「…何でもなかったら泣かないでしょう。」

 真理すぎる。森の言っていることは正しい。何でもなかったら泣かない。人は感情が大きく動いたときに泣く。

「…隣、座っていいですか。」
「公共の施設なんで…どうぞ。」
「九条さん、面白いですね、返しが。」
「…顔はひどいんで見ないでください。」
「わかりました。」

 由梨の隣に、と言っても適度に保たれた距離に森は腰を下ろした。

「森さん、お仕事終わったんですか?」
「あ、はい。さっき終わって、ちょっとスーパーに寄って帰ろうとしたら九条さんが目に入って、思わず声を掛けてしまいました。」

 由梨は少しだけ横を見た。森は由梨が言った通り、由梨の方を見ないで話してくれる。傍から見たら空に向かって話している変な人だ。

「…ごめんなさい。九条さんを困らせたくて声を掛けたわけじゃないんです。」
「…こちらこそ、すみません。逆に困らせてしまいました。」
「いえ、全然。あ、そうだ。ちょっと飲みます?」
「え?」
「お酒。」
「お酒、ですか?」
「丁度2本買ったんで。ビールとチューハイです。どっちがいいですか?」
「…もらっていいんですか。」
「あ、でも九条さん、運動したばっかりですね?」
「ま…まぁ、そうなりますね。」
「じゃあお酒じゃなくてこっち。」

 渡されたのはスポーツドリンク。なぜこの人はこんなに飲み物を持っているのだろうかという疑問はとりあえず横に置いておくことにする。
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