溺愛同棲~イケメン社長に一途に愛される毎日です~
 八歳の幼い少女。母親が余命いくばくもない癌末期であることを教えられていず、健気に励ましていた姿が痛々しかった。そんな姿に胸打たれた真壁の母、百合子がプレゼントしたいから買ってきてほしいと頼んだのがこのシンデレラのガラスの靴だった。

 どうして自分が、その時は思ったものの、依頼当人も入院中だ。やむを得ないとクリスタルを扱っている店に行くと、店員から右か左か尋ねられて迷った挙げ句、両方購入してしまあった。真壁が対になっているガラスの靴の片方を持っていることは百合子も知らない。

 椿よりも早く退院した百合子は、その後椿の身辺を調べ、亡くなったと聞くや援助に乗り出した。そして毎年、小正月の頃、都内のホテルでお茶をするのが恒例となった。真壁は運転手として同行し、母が椿と話している間は離れた席で終わるのを待っているのが毎年の決まり事になっている。だからずっと彼女の成長を見守ってきたのだ。

 就職の面接の場で椿が現れたのは予想外でうろたえた。最終面接に参加することは承知していたものの忙しさにかまけて渡された履歴書を確認することを怠ってしまったのだ。そして百合子が勝手に手を回していたことはすぐに察したものの、椿はまったく真壁のことを覚えていず、バレなかったことはよかったはずなのにショックを受けた。

――なかなか可愛いですね、雪代さん。素直で素朴で、いいんじゃないでしょうか。

 何気なく言った人事部の面接担当者の言葉に鋭く胸を突かれた気がした。

(ずっと成長を見守っていた。気づかない間に自分のものと錯覚していた。椿は病院で挨拶を交わしたことを覚えていない。彼女の心の中に僕はいない。誰かに取られるかもしれない。それだけはダメだ)

 中学生、高校生、大学生――成長し、年々麗しくなっていく姿が眩しく、それでいてうれしくて仕方がなかった。最初は明らかに可愛い子どもが成長していく様子を見るのが楽しかった。それは紛れもなく父性愛だと思う。それが変わったのはいつからなのか。真壁はまったく気づいていなかった。知らないうちに椿は自分のものだと思っていたようだ。そのこともまた気づいていなかった。

 そんな椿が成人して社会人になった。今になって、他の男に奪われるなど考えられないと思うとは。同時に今まで椿に特定の交際相手ができなかったことが奇蹟的で、気づかなかった自分の間抜けさにめまいがした。

 その椿が下町のワンルームマンションで一人暮らしを始めた。

(許せるわけがないだろうっ)

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