コガレル(番外編)~弥生ホリック~


***


 圭さんが収録をしているスタジオは、湾岸にあった。
 電車を乗り継いで向かう。

 とっくに日は暮れて、到着した駅からスタジオまでは少しの距離がある。
 でもタクシーを使う程の距離でもなさそう。
 一泊の予定だし荷物はそう多くない。
 歩き始めると三月の夜風は、薄手のコートの下の肌を冷やした。

 スタジオのビルに到着すると、自動扉の中に見えるのはセキュリティーシステム。
 きっと入館証か何かないと入れない
 ずっと奥の正面に受付は見えた。
 恐らく私では取り合ってもらえない。
 それ以前に、すぐそこにいるガードマンさんに止められてしまうだろう、きっと。
 だから圭さんにも、玄関に着いたら連絡するように言われてた。

 ラインで到着を知らせると、少しの間を置いて返信が来た。

“ごめん、今、抜け出せないから、マネージャーに届けてもらう"

 トクンと心臓が音を立てた。
 マネージャー…噂になった人?

 ビルから人が出てくる度に、無駄にドキドキした。
 しばらくしてエレベーターから降りてきた女性は、タイトなブラウスに、やっぱりタイトなスカートを身につけてた。

 あの人だ。
 自動扉の向こう側でカツカツとヒールの音が響いてるのが想像出来た。
 外へ出て、迷わず私の前に立った彼女のネックストラップには『入館証』が下がってる。

「葉山さんでしょう?」

「はい、」

 冷ややかに品定めされるような視線を感じた。
 でもそれは気のせいかと思うくらい一瞬のことで、今は綺麗な微笑みを私に向けてる。

「彼、この後の食事会断ったのよ」

「え?」

 浮かべる笑顔とは対照的に、言葉には棘があった。
 言われたことの意味が瞬時に理解できなかった。

「スタッフさんがキャストのスケジュール合わせて店も押さえたのに、主役が来ないんだもの。お流れよ、大御所も乗り気だったのに」

 そうなんだ…
 私と会うために大事な付き合いを断ってしまったんだ、圭さん。

「あの、すみませんでした」

「仕事場にまで押し掛けて…」

 疎まれてる。
 それはそうだ、圭さんは世の女性の憧れの的だもの。
 事務所の人からすれば、私は絶対に世間に知られてはならない存在。
 邪魔に思われても仕方ない。

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