コガレル(番外編)~弥生ホリック~
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圭さんが収録をしているスタジオは、湾岸にあった。
電車を乗り継いで向かう。
とっくに日は暮れて、到着した駅からスタジオまでは少しの距離がある。
でもタクシーを使う程の距離でもなさそう。
一泊の予定だし荷物はそう多くない。
歩き始めると三月の夜風は、薄手のコートの下の肌を冷やした。
スタジオのビルに到着すると、自動扉の中に見えるのはセキュリティーシステム。
きっと入館証か何かないと入れない
ずっと奥の正面に受付は見えた。
恐らく私では取り合ってもらえない。
それ以前に、すぐそこにいるガードマンさんに止められてしまうだろう、きっと。
だから圭さんにも、玄関に着いたら連絡するように言われてた。
ラインで到着を知らせると、少しの間を置いて返信が来た。
“ごめん、今、抜け出せないから、マネージャーに届けてもらう"
トクンと心臓が音を立てた。
マネージャー…噂になった人?
ビルから人が出てくる度に、無駄にドキドキした。
しばらくしてエレベーターから降りてきた女性は、タイトなブラウスに、やっぱりタイトなスカートを身につけてた。
あの人だ。
自動扉の向こう側でカツカツとヒールの音が響いてるのが想像出来た。
外へ出て、迷わず私の前に立った彼女のネックストラップには『入館証』が下がってる。
「葉山さんでしょう?」
「はい、」
冷ややかに品定めされるような視線を感じた。
でもそれは気のせいかと思うくらい一瞬のことで、今は綺麗な微笑みを私に向けてる。
「彼、この後の食事会断ったのよ」
「え?」
浮かべる笑顔とは対照的に、言葉には棘があった。
言われたことの意味が瞬時に理解できなかった。
「スタッフさんがキャストのスケジュール合わせて店も押さえたのに、主役が来ないんだもの。お流れよ、大御所も乗り気だったのに」
そうなんだ…
私と会うために大事な付き合いを断ってしまったんだ、圭さん。
「あの、すみませんでした」
「仕事場にまで押し掛けて…」
疎まれてる。
それはそうだ、圭さんは世の女性の憧れの的だもの。
事務所の人からすれば、私は絶対に世間に知られてはならない存在。
邪魔に思われても仕方ない。