忘れて、思い出して、知る


「お前が眠ってる間、苺は毎日お前に話しかけて、目を覚めしてくれることを祈っていた。そして目を覚ましたとき、お前は苺のことを覚えていなかった」



それで全員、栞が記憶喪失だと気付く。


前置きの時点で、そうだとは思っていたが、話の流れで確信した。



「苺はだいぶショックを受けていたが、それを隠して懸命に笑って俺に言った。あの子の父親になってくれ、栞という名で、と」


「……断らなかったんですか」



遥が疑問符なしに聞いた。



「もちろん、簡単に引き受けようとは思わなかったさ。そんなことをしたら苺が辛いだけだからな」


「だったら……」



遥が続けようとしたが、隼人は苦しそうに笑って、それを止めた。



「でもそう言ったらあいつ、笑って俺にあの子が事件のことを思い出すほうが、私にとって一番辛いことだからって言ったんだ」



それを聞いて、遥はなにも反論できなくなった。



「俺は苺の優しさを、無駄にすることができなかったんだ」



その空間が静寂に支配される。


一分は誰も口を開けなかった。

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