忘れて、思い出して、知る
律の声を聞いて、沙也加は電話を切った。
「妃さん、なんて?」
栞は、沙也加が電話を切ってすぐに聞いた。
沙也加はカバンに携帯をしまう。
「聞いてくれるって。私たちは寺崎苺が住んでたあたりを調べに行くよ」
「……はい」
栞は見るからに暗かった。
沙也加は心配そうに栞の顔を覗き込む。
「どうかした?」
「勝手に忘れててこんなこと言うのはおかしいと思うんですけど……変わってたら嫌だなって思って……」
栞の文章には、主語がなかった。
「なにが?」
「姉の性格です。私が思い出した限りでは、姉は正義感が強くて、人のためになるなら自分が犠牲になる。そういう人だったんです。でも、もし全くの別人になってたらと思うと……」
「逃げたくなる?」
栞は一瞬戸惑ったが、うなずいた。
「なら、どうしてハル君は役割を変えなかったんだろうね」
二人は、それっきり会話をなくした。