キミがくれたコトバ。
14



「おはよう。」

私が保健室に登校すると、珍しく全員が揃っていた。

いや、全員揃っていたのが珍しいのではない。

大輔くんが寝坊しなかったことが、珍しいんだ。

「おはよう、日奈子ちゃん。」

「日奈子ちゃん!おっは〜!」

「おはよ……。」

なぜか颯磨くんだけ、元気が無いようだった。

「あ、颯磨くん!あれから、健吾と色々話して、許すことにしたよ。」

一応、報告として、そう言った。

もう、迷惑をかけないから。今までごめんね。

という意味を込めて。

別に、僕は何もしてないよ。

そう、言うと思った。

でも、違った。

「元々、僕には関係の無いことだから。いちいち報告しなくても良いよ。」

あ……れ……?

何だろう……。目も合わせようとしてくれない。

「う、うん。そうだね。」

私は笑ってその場をやり過ごす。

何か、嫌な予感がした。

でも、そんなの考えたくなくて、私はその予感を頭から消し去った。

「そんなことより!みんな!俺、女の子から差し入れもらっちゃった〜っ。」

大輔くんが、ブイサインを作りながら言う。

へぇ!大輔くんって、女の子から差し入れを貰えるくらい、人気があるんだ!

知らなかった!

「だから、みんなで食べようぜ!」

女の子がせっかく大輔くんに渡した食べ物を食べるなんてちょっと躊躇するな。

「そういうのは、大輔本人が食べた方が、女の子も、喜ぶと思うけど。」

颯磨くんが言う。

「え〜、何だよ颯磨〜、女心が分かったようなこと言っちゃってさ〜。」

「お前が分からなすぎなんだよ。」

と言って、笑う颯磨くん。

「京も日奈子も、そう思うだろ?」

えっ……?私も……?

「うん、思う!」

何でだろう。

颯磨くんと話せるのが嬉しくて、大輔くんには悪いけど、ついはりきって答えてしまった。

「僕もそう思う。」

京くんも賛同する。

「ちぇ〜、みんなして何だよ〜。じゃあ、1人で食べるか……。」

仕方ないという表情で、差し入れに手を伸ばす大輔くん。

ちらっと颯磨くんの方を見ると、微笑みながら、大輔くんを見ていた。

すると、不意に目が合って……。

颯磨くんは慌てて私から視線を逸らした。

えっ……?

颯磨くんとはいつも普通に話しているのに、何でこんなにもドキドキするの……?

駄目。こんな感情を抱いたら、最後に傷つくのは自分だから……!

駄目……。

でも……、思ってみれば、明人くんと別れた時、慰めてくれたのも、健吾に酷いことを言われた時に慰めてくれたのも、ヒールを無理に履かなくて良いと言ってくれたのも、……もっと色々あるけど、全部全部、

颯磨くんだった。

そんなに優しくされたら、誰だって……。

「日奈子?聞いてる?」

「へっ?」

颯磨くんと目が合うだけで……。

やだ、私、何で意識なんてしてるの……!?

「昨日できなかった勉強、今日の放課後でも良い?」

勉強……!颯磨くんと2人きりで……!?

自分から頼んだことなのに、今更その重大さに気づいた。

ん?重大……?

颯磨くんと2人で勉強することが、私にとって重大なことだと、自分自身でも思ってるということ……!?

そ、そんな……!違うっ……。

「う、うんっ!良いよ。」

そうそう、二人きりになんて、今まで何回もなったことあるし。

大丈夫、大丈夫。

「えっ!?日奈子ちゃんと颯磨って、放課後2人で勉強してるの!?お熱いねぇ〜。」

大輔くんが、意味ありげな言い方をする。

お、お熱っ……!?

「別に、そんなんじゃないよ。お前もするか?勉強。」

「げ。俺はいいや。」

大輔くん、勉強、嫌いそうだしな〜。

普通科に入ったのも、ゆるいからだって言ってたしね。

「本当は、昨日約束してたけど、駄目になったから今日にするっていうだけ。変なこと言うなよな。」

颯磨くんが大輔くんの誤解を解く。

そうだよね。ただの友達……だからね。

お熱いわけないよね……。

それに、颯磨くんは、なんとも思っていないみたいだしね……。

って!何で私、ちょっと落ち込んでるの…!?

「本当は僕の方が先に約束してたのに。」

颯磨くんが、ボソッと呟いた。

あっ……。

確かにそうだ。

私が勉強を教えて欲しいって言ったのに……健吾と帰っちゃった。

「ごめんなさい……。」

今になって、颯磨くんの気持ちを考えてみた。

私、酷いことしちゃった……。

「別に。大丈夫。」

やっぱり怒ってるのかな……。

─放課後─

大輔くんも京くんも帰った後、颯磨くんと勉強を始めた。

「昨日は、本当にごめんね。」

「謝る必要なんてないよ。」

でも……。

「先に約束していたのは、颯磨くんなのに、いきなり破って……。無神経だったから……。」

「そんなこと、僕は気にしてないよ。」

本当……?

「日奈子は、理由もなく約束を破るような人じゃないこと、よく分かってるから。」

颯磨くん……。

「ありがとう……。」

そんな風に思っていてくれたなんて……。

すごく嬉しい。

でも颯磨くんは、すぐに首を横に振って、ため息をついた。

「ごめん。今の、本当だけど嘘だ。」

えっ……?

「日奈子を信用してるのは本当。でも、気にしていないのは嘘。」

颯磨くんが謝ることじゃないよ。

そう言おうとしたとき、保健室のドアが、勢いよく開いた。

「日奈子!今日も一緒に帰れるか?」

健吾……。

「ごめん。今日は颯磨くんに勉強を教えてもらうの。」

今日こそは、約束を果たさないといけないから。

「……俺じゃ駄目なのかよ。」

「颯磨くんと先に約束してたから。」

1回目は、破っちゃったけど……。

「俺の方が上手く教えられる!」

その時、颯磨くんが勢いよく立ち上がった。

「僕の方が上手く教えられます。自慢ではないですけど、僕は特進科Sですし、模試も市内で一番を取っているので。」

自慢になってるよ、颯磨くん……。

でも私は、そんな颯磨くんのことが好……。

えっ……?

いやいや、そんな颯磨くんに、好感を持てる。

それだけ。

「……分かったよ!じゃあ、帰る。」

「うん、ごめんね。」

そしてついに……、二人きりっ……!

「じゃあ、始めるか。」

「うんっ……!」

わああぁぁぁ……、緊張する……。

「まず、式の証明。だいたい式の証明っていうのは、3パターンで対応できるんだ。」

2人で1つの教科書を見ているから……、顔が、ち、近いっ……!

「ここまで大丈夫?」

はっ!颯磨くんを意識してしまって、全然頭が働いていなかった……!

「うん、大丈夫。」

まだ簡単なところだから、なんとかついてはいけてるけど。

「じゃあ、問題を解いてみよう。ここの、問1。」

「うんっ……!」

さっきから、『うん。』ばっかり言ってる気がする……。

緊張しすぎて、逆に早く解き終わった。

「じゃあ、答え合わせ。」

颯磨くんが丸つけを始める。

何で……?始まってから、全然緊張が解けない。

大輔くんが、お熱いなんて言ったせいだよ、
もう……。

ううん、本当は大輔くんのせいなんかじゃないことくらい、とっくに分かってる……。

「ねえ。」

颯磨くんが言った。

えっ……、私、計算ミスとか、したかな??

「健吾のこと許して、また付き合うの?」

「っ……!えっ……?」

き、急に……!?

「ううん、しばらくはもう、誰とも付き合わないつもり。」

「そっか。でも、健吾は好きみたいだよな。日奈子のこと。」

っ……は!?へっ!?

「無い無い無い!何言ってるの、颯磨くん!健吾は私に、あと5センチ欲しいって言ったんだよ!?」

好きだったら、そんなこと言わないでしょ……。

「それは、誰か吹き込まれたことだとしたら?」

吹き込まれた……?何のこと?

「吹き込まれたって、誰に……?」

「いや、何でもない。」

そう言うと颯磨くんは、丸つけを再開した。

ガラッ!

その時、保健室に京くんが入ってきた。

「京……!」

京くんにしては、ずいぶん力強い開け方だ。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

「どうした、京?大丈夫か……!?」

「颯磨くん、た、大変……!」

何かあったのかな……!?

「何?」

京くんが颯磨くんに、耳打ちする。

「は……!?何だよ、それ……!」

颯磨くんの眉間に皺が寄った。

「今ならまだ間に合うと思う!」

「分かった!日奈子!ごめん、勉強は中止!でも、僕がここに戻ってくるまで、絶対ここにいて!」

「えっ?うん、分かった。」

「絶対、動いちゃ駄目だからな!」

颯磨くんは、それだけ言うと、慌てて保健室を出ていった。

一体、何が起きてるの……?

私にはそれがまだ、分からなかった。
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