キミがくれたコトバ。
25.5



「おっはよ〜、橋田さん!」

女子の声が教室に響く。

橋田さんの両肩をタッチして、仲良くなりたいアピールをしている。

「おはよう。」

橋田さんは、真顔でそう答えた。

「ねえねえ、橋田さんって、田舎の方に住んでたんでしょ?」

「うん。」

「うちらがこの辺を色々案内してあげるよ!」

「ありがとう。」

橋田さんの表情からは、何も読み取れない。

やっぱり、あまり笑わない子だ。

「やだ〜、橋田さん硬いってば!」

「しょうがないよ、まだ慣れてないもん。ね?橋田さんっ。」

どうしたら、こんな演技ができるのだろう……。

「じゃあさ!仲を深めるために、今日の放課後、一緒にパンケーキ食べに行かない?」

「いいね、それ!」

女子達が、勝手に話を進める。

嫌だろうな。

昨日、あんな会話聞いた後だし。

「行くよね?橋田さん!」

橋田さんは、少しだけ俯いて、顔を再び上げてから、淡々と言った。

「悪いけど、定期テストが近いから、今日の放課後は、家で勉強する予定が入っているの。」

そ、そんなにきっぱりと……。

まあ、そのくらい言わないと、女子も引かないか。

「え〜、そんなの大丈夫だって!」

「そうだよ!あ、うちらがパンケーキ屋で勉強教えるからさ!」

いや、橋田さん、全国模試、市内1位だし、無理だと思うけど。

というか、なかなか引かない女子も女子だな。

メンタルがお互いに強い。

そして、強い者同士がぶつかると、勢いよく引き合うか、もしくは……、

勢いよく、反発する。

そして、この場合は……。

「私にとっては意味が重いテストだから。軽率に流すことはできないの。」

「別に、模試とかじゃないんだし、成績にもそれほど大きくは影響しないよ?」

「それでも、負けるわけにはいかないので。」

「え?それどういう意味?誰かと勝負してるの?」

身体全体に冷や汗が滴る。

「うん。水瀬くんと。」

あーあ。

もう終わりだ。

「え?王子と?」

明らかに女子達の顔が歪んでいる。

「うん。昨日約束したの。」

「は……?約束……?」

完全に反発し始めている。

どうしたらいい?

こういう時、上手くその場を収めるには……。

みんなにとっての、最適解は……。

「王子〜?本当なの??」

う……。

「本当なわけないでしょ〜。王子は全国模試、市内1位だし、勝負にならないって。」

「言えてる〜!」

「私も前に住んでいた場所では、市内1位だったよ。」

橋田さん……。

完全にそれは言わない方が良い言葉……。

女子達の眉間に皺が寄る。

「は?何?自慢?」

「そういうつもりで言ったわけではないよ。ただ、水瀬くんも、負ける気はしないと言ってたから、勝負は成立してる。」

橋田さん……。

少しは言葉をオブラートに包んで……。

「本当なの?王子?」

変に嘘をつく気はなかったし、ここで本当の事を答えれば、取り巻きも少しは減ると思った。

「本当。」

僕は迷わずそう答えた。

「そんなの、王子の優しさに決まってるよ〜。」

……!?

何故、そうなる!?

「ね?王子っ!」

「別に。違うけど。」

僕は否定し続ける。

勉強で負けたくないという気持ちは、嘘ではないから。

「キャー、やっぱりクール!」

「流石、王子っ!」

だから、何故そうなる。

「橋田さん、貴方も水瀬くんとか馴れ馴れしく呼ぶのやめてくれる?」

何故、他人にそんなこと指示する権利があるんだよ。

それに、以前、僕のこと、フルネームで呼び捨てそれどころか、もっと心無いあだ名をつけてたのは、何処のどいつだよ。

「別に『水瀬くん』でいい。」

僕は、女子達を退ける為の、最善策を考えた。

「『勉強馬鹿』とか、『ダサ男』よりは、よっぽど良いよ。」

女子達の顔が、青ざめていく。

どうやらいとも簡単に、作戦は成功したらしい。

「そ、それはっ……。」

「その時は違うの……!」

「ごめんなさい、許して王子!」

もう、この辺で良いかなとは思ったが、僕はもう少しだけ攻撃を続けた。

「それから、王子っていうあだ名、嫌いだから。」

1人でも良いから、引き下がってくれ。

「もういいよ、行こっ。」

女子達は、去っていった。

はあ。

やれやれ。

毎度毎度、本当に疲れる。

「ありがと。」

隣で橋田さんが呟いた。

顔を下に向けたまま。

でも表情は今だに真顔だ。

「別に。取り巻きを退ける良い機会に使わせてもらっただけ。」

本音だ。

なにもお礼を言われるようなことではない。

「でも、真剣に学力だけで勝負してくれるってことでしょ?」

また笑った。

そうか。

そう捉えたか。

笑った橋田さんを見ていると、また日奈子と重ねてしまいそうになる……。

全然似てないのに……、何で……。

「そういうことにしておく。」

僕は言った。

そのとき、チャイムが鳴り、1限目が始まった。

なんとなく窓の外を眺める。

もう、習慣になっている。

青い空に、大きな雲に、日に当たって熱そうな土に

………………え………………?

僕は目を凝らした。

そして、時計を見た。

そうだ。

間違いない。

そこを歩いていたのは、日奈子だった……。

僕は思わず、凝視してしまった。

その時、日奈子の後ろから、1人の男子が歩いていきて、日奈子に声をかけた。

日奈子は、凄く驚いている。

誰だ……。

僕は思考回路を巡らせて、記憶をたどる。

明らかに知らない人だ。

ただ、どこかで似たような顔を見たことがあるような……。

でもそれは、思い出すことができなかった。

日奈子と話しているということは、特進科A?

いや、この時刻に登校していて、日奈子と仲が良いといったら、保健室登校者以外考えられない。

でも、保健室登校者の特進科Aは、京だけのはず……。

それにあの顔は、確かに初めて見る顔だ。

だとしたら、もう1人、僕が保健室を出てから、加わったということか……?

でも、何だろう……。

あの、見たことある感じ。

僕の中で、感情がザワザワと騒ぎ立てる。

これは、嫌な予感がするというよりは……、何か、モヤモヤする……。

駄目だ。

日奈子は駄目だ。

京以外は駄目なんだよ。

何でそんなことを僕が決めているのか、このモヤモヤは一体何なのか……。

それは全く分からなかった。

いや、本当は分かっている。

でも、認めたくないんだ。
< 35 / 79 >

この作品をシェア

pagetop