キミがくれたコトバ。
29.5



文化祭の準備は着々と進んでいた。

僕達のクラス、特進科Sは、『科学実験教室』をテーマに作業を進めている。

「水瀬くん。」

背後から声をかけられた。

振り返らなくても、誰に呼ばれたのか分かる。

橋田さんだ。

橋田さん以外の女子は、みんな僕のことを『王子』と呼ぶから。

「試験管を実験室に取りに行くよう頼まれたんだけど、実験室の場所が分からなくて。案内してくれる?」

「うん、分かった。」

実験室。

確かにここからは遠い場所で、橋田さんは、転校してきたばかりだから、本当に分からないのかもしれない。

でも、橋田さんのことだ。

転校して1週間くらいで、学校の中を全て把握していてもおかしくない。

だから今のは、実験室に辿り着くことを不安に思っていたのではなく、実験道具を1人で持っていくことに不安があったのだろう。

でも、手伝ってという言葉は、橋田さんの性格からして、言いずらかった為、実験室の場所が分からないふりをして僕を呼んだのだろう。

歩きながら、そんなことを考えていた。

「あのさ、水瀬くん……、」

橋田さんが何かを言いかけた時……、僕は目を疑った。

そこには、日奈子ともう1人、この前、日奈子と仲良く話していた人が歩いていた。

向こうもこちらに気づき、

「あ。」

「あ。」

「あ。」

「あ。」

4人で同時にそう言った。

しかし、僕は少し違和感を覚えた。

僕や日奈子が、『あ。』と言うなら分かる。

なのに何故、橋田さんや目の前にいる男子までそんな反応をする……?

目の前に知っている人が現れない限り、そんな反応はしないだろう。

しかし僕はそれどころではなかった。

何だこれ……。

何でこんなにモヤモヤするんだよ……。

「日奈子ちゃん、それ重いでしょ?僕が持つよ。」

日奈子の隣にいる人が言った。

「え、でも……、いいの……?」

「うん、行こう。」

その人は、優しく日奈子に微笑みかける。

あんな笑顔……、僕にはできない……。

「水瀬くん?行こう?」

橋田さんに言われて、我に返った。

「うん、ごめん。」

しばらく2人とも無言で歩いていたが、不意に橋田さんが口を開いた。

「今のが日奈子ちゃん?」

「うん。」

僕は正直に答える。

「へぇ。」

その瞬間、橋田さんが笑った。

元々笑わない子だから、笑顔はレアではあるが、なんというか、今のは、ニヤッとした笑い方だった。

そして僕はあることに気がついた。

日奈子の隣にいた奴、何処かでみたことがあると思ったら……。

実際に以前、会ったことがあるわけではなかった。

それなら、どうして見たことがあるのか。

それは……、見たことがあったんじゃない。

似た顔を毎日見ていたんだ。

つまり……、きっと橋田さんとあいつは……、

双子だ。

「もしかして今のってさ……、橋田さんのお兄さんか弟?」

橋田さんが、少し驚いている。

「さすが。」

橋田さんがぽつりと言った。

「好きみたいだね、澄春は。」

「え?」

「日奈子ちゃんのこと。」

っ…………。

「それから、日奈子ちゃんも……、」

駄目だ、それ以上、聞きたくない……!

「違う……!!」

何故かムキになって叫んでしまった。

「あ……、ごめん、そうじゃなくて、その……、日奈子が好きなのは他の人だ。本人から聞いた。」

「そっか。でも……、やっぱりまだ好きなんだ。」

橋田さんの予想外の攻めに戸惑う。

「僕、そういうの、あまりよく分からないから……。でも多分、……好きなのかな……?」

多分じゃない。

確実に。

そんなこと分かってる。

諦めなくちゃいけないことだって。

頭ではちゃんと分かってるんだ。

なのに……何故……。
< 42 / 79 >

この作品をシェア

pagetop