キミがくれたコトバ。
6



季節は流れ、夏休みが終わり、新学期が始まった頃、

その事件は起こった。

はぁ……。今日から新学期でした。

夏休みは、健吾と遊んでばかりで……、

遊んでばかりということは、換言すると、ヒールを履きっぱなしであったため、足が悲鳴を上げていた。

歩くのさえ、苦痛な程だった。

健吾には、なんとか気が付かれないように、最後まで頑張った。

もう、暫くはデートには行きたくないな。

新学期も始まるし、しばらくは大丈夫だよね。

「日奈子、帰る前にちょっと友達に教室へ呼び出されてて。だから、待ってて。」

放課後は毎日、健吾と一緒に帰っていた。

「うん、分かった。」

あ、こっそり後をつけて行っちゃおうかな。

それで、教室から出てきた健吾を驚かせちゃおう!

私は健吾に気づかれないように、ついて行った。

そして、廊下でその会話を聞いていた。

「健吾さ〜、泉沢さんと付き合ってるんでしょ?」

私と健吾の話だ……!

緊張してしまう。

今更だけど、私たち付き合っているんだよね。

「そーだよ。」

私、本当は健吾のこと、どう思っているんだろう。

好き……?

分からないけど、あの日、健吾に告白された日、
ドキドキしたのは本当だ。

「今度、新聞部で話題を取り上げさせてよ!」

「別にいーけど。」

ええっ!?何でそんなしれっとOKしてる!?

「ぶっちゃけさ〜、泉沢さん、どうよ?」

「どうって、可愛いし、優しいし、面白いし、見てて飽きない。」

健吾……!

私、私ね……、やっぱり健吾のこと……!

「そうじゃなくて、身長だよ、身長。」

えっ………………?

「かなり低いでしょ?一緒に歩いててどう?」

「別に可愛いくね?」

だよね。なんだ、少しだけ動揺しちゃった。

健吾は前にも、私の身長のことを、肯定してくれたから。

「いやいや、そーいうのいらないから。本音で答えてよ。な?」

本音……?

今のが……、本音だよね……?そうだよね……。

「う〜ん、まぁ、正直なこと言うとさ、あと5センチは欲しいよな。」

え……?健吾……?

「前の彼氏には身長が原因で別れられたらしくて。流石にそれは酷すぎるけどさ、まぁ〜、分からなくもないな〜って。」

目の前が真っ暗になる。

あの時と同じだ。

明人くんに、フラれた日……。

「だよな〜。やっぱ、本音はそこか。」

「まあな。たまに街とかで同じくらいの身長のカップルを見ると、羨ましくなったりはするな。少しからず。」

どういうこと……?何で……?嘘……。

じゃあ、

『小さくて可愛い。守りたくなる。』

あれは、何だったの……!?

分からない。健吾の考えていることが分からない。

『身長、小1の時からクラスで1番低いんだっけ?ごめん、普通に論外。 』

明人くんの言葉を思い出す。

健吾も、そう思っていたの……?そんな……!

「じゃあ俺、日奈子を待たせてるから。」

「おう、じゃーな!」

まずい、来る……!

私はそのまま走って逃げた。

今日は、もう健吾の顔を見たくない。

見たらきっと、大変なことになってしまう……。

どうしよう……。何処かに隠れなきゃ。

辺りを見回していると、

『保健室』

という文字が目に止まった。

“先生は出張でいません。”

保健室の張り紙に、そう書いてあった。

よし、ここに隠れさせてもらおう……!

「あれ?日奈子ー?」

健吾の声が聞こえてきて、慌てて保健室に入る。

どうしよう……。隠れる所、隠れる所……。

「日奈子ー?」

ま、まずい、早く隠れなくちゃ!!

私は焦って、ベッドのカーテンを開いた。

「わっ!びっくりした……。」

わわわっ!!

そこには、男子生徒が横になっていた。

「日奈子ー?帰るぞー。どこだ?」

わあぁぁぁ……、どうしよう、どうしよう……!

「あ、あの!ここに、隠れさせてください!!」

初対面の人に、私ったら、何言ってるの!?

まぁ、でも今はそれどころじゃない!!

「どうぞ。じゃあ、入ってください。」

男子生徒が指さしたのは、男子生徒自身が今、寝ている布団の中。

へっ!?!?

「い、いや、私、反対側のベッドにします……!」

「そこは今、熟睡してる奴がいるから。」

えっ!じゃあ……、えっと……!

「日奈子ー?保健室か?」

うわぁぁぁ!来ないで!!

「ほら、早くしないと見つかっちゃいますよ?」

男子生徒がクスクスと笑う。

え、えっと……、でも……、

いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!

ええい、入っちゃえ!

私は男子生徒が横になっている布団の中に入った。

ガラガラガラ……

っ………………!!!

健吾が入ってきた。

「日奈子?いる?」

私は男子生徒に密着した。

何の鼓動かは分からないけど、とにかく鼓動が
治まらない。

「ベッドか?」

うわぁぁぁ……!来る!!!

シャッ……

ついに、健吾が私たちのベッドのカーテンを
開けた。

バ、バレたらどうしよう……!

「どうしました?先生ならいませんよ?」

男子生徒が平然とした声で、そう言った。

「いや、そうじゃなくて、女の子、来ませんでした?」

ヒヤヒヤして、心臓がバクバクいってる……。

「どんな女の子ですか?」

「身長がめっちゃ低い女の子。」

っ……。

「そんな子は見なかったな。」

「本当か?」

「はい。あ、可愛い女の子なら見ましたけど。」

!?

ちょっと……!バレたらどうするの……!?

「その子かも!身長、低くなかった??」

「別に。そんなに低くなかったですよ。」

えっ……?

いやいやいや、嘘ついてくれてるんだよね。

「そっか。分かった。ありがとう。」

「いえいえ。彼女さん、大切にしなきゃ駄目ですよ。」

………………!

「分かってる。」

なにが……、『分かってる。』だよ……。

そうして、健吾は保健室から出ていった。

完全に足音がなくなってから、

「行ったみたいですよ。」

と、男子生徒が言った。

ふぅ。何とかバレなかった。

私は、ベッドから降りた。

「あ、ありがとうございます……!」

「いえいえ。」

この人にくっついていたと思うと、急に恥ずかしくなった。

「ごめんなさい。私、こんなことさせてしまって……。」

「別に良いですよ。僕が勝手にやったんだから。」

でも……。

「酷い男。」

男子生徒がぽつりと言った。

「えっ?」

「いや、何でもないです。あの男と、昔からずっと付き合っているんですか?」

「いえ。」

私は、明人くんと別れて、健吾と付き合い始めたことを、その人に話した。

そして……、明人くんと別れた理由も、隠さずに
伝えた。

「今度こそって思ったら、また身長のことで……、って、あれ……?こんな所で泣いちゃ駄目なのに……。」

どうして涙が出てくるの?

そして、なんでで私は初対面の人に、こんなことを話しているんだろう……。

「泣いてもいいですよ。保健室って、そういう場所ですから。」

そういう場所……なのかな……?

でも、何故か止まらなくて。

私が泣いている間、彼は無言で、
ずっと隣にいてくれた。
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