別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
「いつものお願いします」

「かしこまりました」

マスターは軽く頭を下げてお酒の準備を始める。

カウンターのL字になっている奥の二つは、私と秋がいつも使う指定席のようなものだ。

ほどなくして、秋のウイスキーと私のレモンサワー、生ハムとチーズの盛り合わせとミックスナッツが一緒に届く。

これがいつものセットだ。

乾杯、とグラスを持ち上げた後、喉を潤していると入り口のドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ」

スマートな靴音を鳴らして入って来た客は、私の隣にトンと腰かけた。

思わず目を遣れば、スーツ姿の男性が頬杖をついて口角を上げこっちを見ている。

「晴くん」

「加奈ちゃん、お疲れ様」

彼はいつものように無邪気に微笑んだけど、ライトの光の加減なのか、肌に落ちる影は普段よりも彼を大人びて見せる。

そして、その雰囲気はやっぱり秋と似ている。


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