別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
父の秘書から社長室に来るようにと言われたのは、始業後少ししてからのことだ。

相変わらずの無愛想な顔で、父はデスクに肘をつき手を組んだ。

「秋、お前には春から専務になってもらう話をしたな」

「…はい」

「それにともなって、結婚してもらう。
婚約者とは、金曜に対面を予定している」

抑揚のない事務的な声で、父はあっさりと言った。

結婚?俺が?

ショックのあまり言葉は出てこない。

「……政略結婚ってことか?」

「そうだ」

平然と言い切る父を見て、全てが繋がっていくのを感じた。

加奈はこの話を知っていたのだ。

きっと今と同じように、この人は加奈にあっさりと言い放ったのだ。

『秋は他の女と結婚するから別れろ』と。

そして別れた途端、俺にこんな話を突きつけるのか。

早く別れるのを待ち望んでいたみたいに。

怒りで身体中が震え、低く声を絞り出した。

「…加奈はどこだ」

父は表情をピクリとも変えず、何も答えない。

「…っどうして…っ」

俺は母さんのことがあったから…

この人に少しでも懺悔の気持ちがあるなら、俺や晴に政略結婚を強いたりしない。

当たり前のようにそう思っていた。

自分の好きな人と結婚して幸せになれると思っていた。

拳をぎゅっと握りしめた。

「…婚約なんかしない。
他の女と結婚する気なんかこれっぽっちもない!」

広い部屋に俺の怒鳴り声が響いた。

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