別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
晴くんはいつもの明るい声とは違う落ち着いたトーンで、淡々と話し始める。

「父が言った通り、12月に兄貴は婚約者と対面して、有無を言わさず結婚に向けての話が進む。
あと2ヶ月半の猶予。
婚約者との対面の時期がずれれば、もう少し短くなるかもしれない。
できれば加奈ちゃんから、こっぴどく振ってほしい」

室内に重い沈黙が降りる。

私が秋をこっぴどく振る?

こっぴどくって何?

『嫌いになった』?

『他に好きな人ができた』?

秋のあの真っすぐな目を見て、そんなことを言えるわけがない。

「…あともうひとつ。
知っておいてほしいことがある」

苦しい思いを吐き出すかのようにはあっと息を逃がした晴くんは、静かに口を開いた。

「俺たちの母は父のせいで死んだ」

意味がわからなくて思わず晴くんに目をやったけど、晴くんは俯いたまま話を続ける。

「政略結婚した父は、母を心から愛してはいなかった。
父には外に婚前からの恋人がいた。
母は結婚してからずっと騙されていたんだ。
そして…兄貴と俺が中学生の時、母は死んだ。
表向きは病死だけど、自殺なのは明らかだった。
もちろん、恋人の件を知って自殺だと確信したのは、母が亡くなってしばらくしたあと。
母の日記が部屋の棚の奥から見つかった時だけど」

うまく回らない頭の中で、何年も前に聞いた秋の言葉を思い出した。

不思議な答え方だったから記憶に残っていた。

『母親は亡くなってる。一応、病気で』

一応という言葉が気になっていたのだ。

だけど、『一応って何?』と聞いたら笑ってごまかされてしまった。


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