別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
呆然として何も言葉が出てこない私の頭をくしゃっとなで、晴くんはソファから立ち上がった。

「しばらくここ使ってていいよ。
仕事する気分じゃないだろ?
午後休んで、落ち着いたらそのまま帰って大丈夫。
俺が通販部にこっそり話通しておくから」

頷くこともできずにいたら、ゆっくりと足音が遠ざかって静かに扉が閉まった。

長く細い息を吐きながら、そのまま横に倒れ込んだ。

社長と晴くんの言葉を反芻する。

「…あき」

無意識に声が漏れると同時に、涙が溢れ出す。

5年間呼び続けた名前。すっかり唇に馴染んだ名前。

もう呼べなくなってしまうなんて。

社長の娘とか、資産家の娘とか、私がそういう家の生まれだったらどんなにいいだろう。

私は地方公務員の父と保育士の母を持つ一般的な庶民の家だ。

身分違いの恋ってこういうことなのか。

ドラマみたいだな、なんてぼんやり思ったけど、笑い話にもならない。

こんなことになるならここに入社しなければよかった。

秋が政略結婚をすることを最初から知っていたら、こんな形で秋と別れざるをえないことを知っていたら、私は就職先をもっと遠くにして秋から離れたのに。


あと2か月半だなんてあんまりだ。


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