別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
――プルルル プルルル プルルル


静まり返った部屋に着信音が響く。

誰からの電話なのかわかるから、光る画面を見ることもせずに裏返した。

今は電話に出られるような状態じゃない。

電話越しでも作り笑いをする余裕はないし、きっと秋には気づかれてますます余計な心配をかけてしまうだけだ。

ずいぶん長い間鳴り続けた電話の音が切れてホッとしたけど、このままだと彼はうちを訪ねてきてしまうかもしれない。

結局『ごめん、寝てるから』とラインを送り、すぐに『無理するなよ』と返事はきた。

最近の秋は急に忙しくなったな、と思っていた。

執行役員は週に1回だと言っていたのに、他に何かあるんだろうか、と。

それはきっと専務になるための準備だ。

私はまだそのことを秋の口からは教えてもらえないだろうし、秋自身は、あらかじめ決められた婚約者と突然対面し、その数か月後に結婚するという事実を知らない。

社長の冷たい瞳を思い出す。

社長は用意周到だ。

外堀を固めてしまえば逃げられない。

婚約者を目の前にして、『やっぱり婚約できません』なんて相手の女性に恥をかかせるようなことを秋は言えないだろう。

「…ひどい」

抗議の声は誰にも届かない。

社長に直接訴えることだってできない。

私も秋も、もうこの理不尽を受け入れるしかない。


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