別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
「晴くん、ごめんなさい。
お仕事あるのに送ってもらっちゃって」

「いや、俺は兄貴ほど忙しくないから。
ちょっと抜けるくらい平気」

「…やっぱり秋は忙しいんですね」

黒い景色に映るビルの明かりを眺めながら、秋とはあと何回会えるんだろうと不安になった。

休日出勤まで入ってきたら、本当に会える時間は限られてしまう。

「…大丈夫。忙しいのはここ数日だけで、あとはしばらくはそんなに大変じゃないはずだから」

「…そう、ですか…」

その言葉に内心ホッとした。

そして、ホッとしてしまった自分に罪悪感を持った。

このまま秋が忙しくて会えなくなって、距離ができて、それを不満に思った私から別れ話…

そんな展開にだって持ち込めるはずなのに。

「貧血だって?ろくに食べてないんでしょ?
あと寝不足。目元が暗い」

「よく見てますね、晴くんは」

「それじゃ倒れるのは当然だよ。
頭のぶつけどころが悪かったら、命にだって関わるんだよ」

「…はい。ごめんなさい」

厳しい声で言ったあと、晴くんは黙り込んでしまった。

道案内をするくらいしか会話がないまま、いつも秋と通るアパートまでの道のりを進む。

何かが足りないと思ったら、いつものBGMがないのだ。

晴くんは運転中に音楽をかけない人なんだろうか。

沈黙の時間が気になる。

普段の晴くんならきっとしゃべって盛り上げてくれるだろうに、横顔を盗み見てもいつもと違って表情が硬い気がする。

普段なら『大丈夫』と太陽のように笑ってくれる晴くんにも、今回はそれができない。

大丈夫な状況じゃないことを、今一番わかっているのはこの人だ。

そして、何もできないことを…成す術がないことを一番わかっているのもこの人だ。


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