別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
「…ちょっと胃の調子が悪かっただけ。
風邪気味だったのかな」

動揺してわざとらしい笑みになってしまった自覚はある。

秋は私の中に嘘を探すようにじっと表情をうかがったあと、ソファに腰をおろした。

「加奈、おいで」

犬じゃあるまいし、膝をポンポンとたたいて私を呼ぶ。

秋の膝を枕にしてコロンと横になると、その温もりに安心して眠くなる。

さっきまで、眠れないなんて思っていたくせに。

秋に見られないように自嘲した。

恵理が飼い主とペットは似てくると言っていたけど、ペットは完全に私のほうだな。

秋が私の髪の毛をゆっくりとなでる。

「…なあ、加奈。
周りには内緒だけど、俺4月から専務になるんだ」

「え…?」

思わずその顔を見上げたけど、秋は当然真面目な顔をして私を見下ろしている。

まだ極秘の話なんだから、私にだって言っちゃいけないんじゃないの?

「今までは同じ部署だったし、最低限のプライベートと仕事のラインは分けておいたほうがいいんじゃないかと思ってたけど、俺が専務になったら…」

秋は言葉を切って、それからやわらかく微笑んだ。

「一緒に暮らそうか」

すぐに秋の笑顔はぼやけて見えなくなった。

「…加奈?どうした?」

本来なら嬉しいはずの言葉に、こんなにも残酷に胸をえぐられる。


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