別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
いつもの店までは車で約20分。

普段の移動手段が電車しかない私でも、通い慣れたこの道はもうしっかり頭に入っている。

年季の入ったこじんまりした建物は住宅地の角にあり、まさに隠れ家のようなお店だけど、親切なことに車3台分の駐車スペースが用意されている。

うちの会社からは電車の乗り換えが面倒だから、車で来られるのはとても助かる。

扉には『居酒屋エトワール』と書かれていて、星という意味らしい。


「いらっしゃいませ」

渋い声で迎えてくれるマスターは、私たちの顔を見ると「いつもありがとうございます」と気さくな表情に変わった。

60代半ばに見えるマスターはとても背が高くダンディで、髪色は白髪というよりもロマンスグレーという言い方が合うと思う。

着ているのはいつも同じ白いシャツに黒いベストなのに、毎回その姿が新鮮に見えて見惚れてしまう。

きっと若いころは相当モテただろう。

店内は黒い壁が暗めのスポットライトに照らされ、英語のヴィンテージの看板がところどころに飾られている。

スローテンポのジャズ音楽が控え目にスピーカーから流れ、マスターの後ろにはお酒やリキュールがたくさん並んでいる。

ここは秋の大学時代からの行きつけのお店だ。

私が20歳になったその日に秋が連れてきてくれて、今でも2人で飲むときにはよくここへ来る。

大衆居酒屋のような騒がしさがなく、お洒落なのに値段も良心的でゆったり飲める雰囲気で、私たちのお気に入りの店なのだ。


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