世界で一番欲しいもの【LOVEドロップス企画作品】
あー……言い過ぎたかも。言葉も、エッチの回数も。
でももう遅い。
あたしの胸ぐらを掴んだ麻衣ちゃんの手が振り上がる。
……あの腕で叩かれたら、あたしの首が折れるかもしれないな。
スローモーションのようなゆっくりとした流れの中、あたしは意外にも冷静でそんな事を悠長に考えていて……
……―――― そして、後ろから引っ張られた肩を抱き締められた瞬間、また時間が正常に動き出した。
気が付けば、あたしは後ろから樹に抱き締められている状態で……あたしの肩を抱き締める樹の顔が、あたしの斜め上にあって……
信じがたい状況に、それを確認したくて顔を上げようとした時、樹の声がすぐ近くから聞こえた。
「ごめん……悪いけどオレこの子が大事なんだ」
「椎名くん……」
あたしを抱き締めたまま言う樹に、想像以上の近さから落ちてきた声に、あたしの胸がドクンと音を立てる。
目の前で手を振り上げたままの麻衣ちゃんは、樹の言葉にその手を下ろして……樹を見つめていた。
「何か誤解させるような事をしたならごめん。
でもそれはオレの責任だから……この子は殴ったりしないで欲しい」
「……椎名くん」
シュンと、見るからに落ち込んでいく麻衣ちゃん。
後ろから抱き締める樹に、少しだけドキドキしながらも、麻衣ちゃんの姿に胸が痛む。
これが……もし、本当の恋人同士だったら、何の問題もない。
麻衣ちゃんを傷つけたからって、それは仕方ないで済まされる。
だけど……
あたしと樹はそんな関係じゃない。
それなのに、麻衣ちゃんを傷つける権利があたしにはあるんだろうか……
そんな疑問に、麻衣ちゃんだけでなくあたしも落ち込んでいると、樹の声が再び2人の間に落ちた。
「ごめん……オレは、これから先キミを好きになる事はない」
その言葉が、胸に染み込む。
樹の声なのに……違う声がそれにダブる。
『瑞希を好きになる事はない』
分かっていた事実……分かっていたのに――――……
「……もう、いいわ」
聞こえてきた麻衣ちゃんの声に、あたしは顔を上げた。
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