世界で一番欲しいもの【LOVEドロップス企画作品】


「分かってたの。こんな事しても迷惑だって。でも……」


……そうだ。分かってる。

こんな事したって、何にもならないって。

呆れられるだけだって……でも――――……


「でも、どうしてもSな彼氏が欲しくて」


そう。どうしてもSな……って、おい。


あたしと樹が見つめる先で、麻衣ちゃんがにこっと笑顔を見せる。

どっかのピエロみたいな白い唇が、曲線を描いて三日月みたいだ。


「今ね、S男が大人気なのぉ。で、椎名くんってストイックな感じで見るからにSじゃない? だから狙ってみようかな~なんて思っててぇ……でも、ダメなら他当たってみるからいいやぁ。

教育学部の宮下くんとかぁ、いいなぁなんて思ってたりするんだぁ。

あ、今ね、眼鏡男子も流行ってるからぁ。カッコいいじゃない? 宮下くんの眼鏡ぇ」

「……」


茶色い頬を少しだけピンクに染めて話す麻衣ちゃんに言葉が出ない。

それは樹も同じようで、あたしを抱き締めたまま完全にフリーズしていた。


「麻衣ちゃん、面倒くさいのとか嫌だからぁ。だからいいよぉ、諦める~。彼女とお幸せにねぇ」

「……アリガトウゴザイマス」


パタン、と音を立てて嵐が去る。

部屋に残るのは、麻衣ちゃんの臭いほどの香水の残り香と、間の抜けてしまった空気……

動きたくても、樹の手はまだあたしを抱き締めたままで……どうしていいのかと少し戸惑っていると、後ろから樹の声が聞こえた。


「傷つけたと思う?」

「……少しはね。でも大丈夫でしょ。なんか図太そうだもん。……麻衣ちゃん」

「……だな」

「……ってゆうかさ、いつまで抱きついてるの? 指1本触れないって約束は?」


あたしが言うと、樹は初めて気付いたように「あぁ」とこぼしながら腕を離した。


「ごめんごめん。なんかすっかり落ち着いてて忘れてた。

女子高生は高いんだっけ? 抱きついただけでもお金取られるとか?」


ふざけながら笑う樹に、小さく胸が跳ねた。

トクン、トクン、と……あたしの胸が僅かに騒ぐ。


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