世界で一番欲しいもの【LOVEドロップス企画作品】



なかったんだけど……すでに空いている2本のチューハイがあたしを変える。


「……ねぇ。もう一度やってみる気はないの?」


もう一度その話題を持ち出したあたしに樹は少し嫌な顔をして……冷蔵庫から取り出したビールをキッチンのシンクに寄りかかりながら飲んだ。

そして……


「だって適わねぇの分かってるし」


そこまで言うと樹はまたビールを口にする。

まるで嫌な過去の思い出を消したいかのように。


「……勝負する前にまた負けるのが恐くなって逃げてるの?」

「まぁ、そんな感じだな」


いつにもなく、わざとへらへらして見せる樹に、お腹の中からイライラが襲ってくる。

逃げた事を笑って認めるなんて、なんかムカついて……結構お酒のせいもあったと思うけど。

それにプラスして多分、逃げてる自分と重なった部分があったからなんだろうけど……なんだかやけに胸が熱く苛立ちが襲う。

あたしは、樹を見据えると再び口を開いた。


「なにそれ。超だっさいし。

また2位になるのが恐くて入部も出来ずに諦めた訳?

何もする前から? そんなんじゃ勝てるもんも勝てないに決まってるじゃん。

挑戦もしないで逃げて……それでもまだ諦め切れなくてここにいるんでしょ?!


逃げるなら、ぶつかってボロボロに砕けた方がよっぽどカッコいいよ!

メダルなんかもらえなくたって、一生懸命頑張ってればそれだけでカッコいいんだから!」




今日の朝、出かける時に見つけた下駄箱の陸上用のシューズ。

きちんと箱に入って埃がかぶらないようになってた。


まだ大事なものだって、綺麗な靴が物語ってた。


寝室の隅っこに置いてあったスポーツバックだって、しまえばいいのに出しっぱなしで……


諦めきれないんでしょ?

恐くて逃げたけど、まだ諦められないんでしょ?


好きなんでしょ? 陸上が。


好きなんでしょ?

.


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