世界で一番欲しいもの【LOVEドロップス企画作品】


運ばれてきたカプチーノが温かい白い湯気を立てる。

ふんわりと昇っていく白い気体が、樹の頭を超えたところで色を失う。


二度聞いたあたしに、樹は視線を移して……そしてその視線をカップの中の優しい泡を浮かべるコーヒーに落とす。


「……ねぇな」

「20歳なのに?」

「うるせぇな。ずっと陸上してたからそんな真剣に恋愛してる暇なかったんだよっ」


そう言って、樹はカプチーノを口に運ぶ。


少し不機嫌を映し出す、潜められた眉。

鼻から下全部を隠すように頬杖したその手の平の下では、きっとつまらなそうに結ばれた口。

長い前髪に半分覆われた伏せられた瞳は、少しの恥ずかしさを誤魔化すため。


たった3日なのに……

たったそれだけしか一緒にいないのに。

樹の癖を、あたしの脳が記憶してる。記憶して……そのまま、奥へとしまいこむ。

まるでそれが大事なモノのように。



ねぇ、樹。

白状するとね、この時ちょっとだけ……ううん、すごくほっとしてたんだよ。

樹が忘れられない恋をした事がないって聞いて。


だって、やっぱり嫌だったから。

認めたくないけど、樹の心の中に誰かが住み着いてたりとか……嫌だったんだ。


認めたくないけど、どうしても、嫌だった。



暖かい湯気が樹の表情を覆うのを、あたしはこっそりと眺める。

このまま時間が止まればいいのに、なんて。

そんな似合わない乙女チックな事考えちゃったのは、きっと、カップの中に描かれた可愛らしいウサギのせい。

泡に描かれた、茶色いふんわりとしたウサギのせい。


だって……

この気持ちが『恋』だなんて、認める訳にはいかなかったから。



樹との約束が、あたしの気持ちを止めていた。


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