世界で一番欲しいもの【LOVEドロップス企画作品】
「多分、すぐ来るからおまえそれまでに髪乾かしておけ。あ、あと化粧もちゃんと直しとけよ」
あたしを部屋へと入れた男は、あたしにバスタオルを渡しながら言った。
「ねぇ、「椎名」なんていうの?」
アパートの表札にあった名字を口にすると、男が着替えを出しながら答える。
「樹。20歳。おまえは?」
「片桐 瑞希。高2だよ。瑞希でいいから、樹」
「……年上に向かって呼び捨てかよ」
「いいじゃん。すぐいなくなるんだからどうでも。ねぇ、それより制服濡れちゃったから着替えたいんだけど」
「それはオレに出てけって事か? 勘弁しろよ……ここオレの部屋だって知ってるよな?」
ぶつぶつと言いながらも、樹が隣の部屋へと移動してドアを閉める。
1LDKらしいこの部屋は、1人暮らしにしては広いと思う。
ただ……呆れるほどに物がない。
テレビとパソコンとソファとテーブル。
クローゼットがあるからその中に詰め込んでいるにしても……色気なさ過ぎ。
いや、色気っていうか「色」がない。
白と黒だけってパンダかよ。……でも男の1人暮らしなんてこんなもんなのかな。
鞄から取り出した部屋着用のジャージに着替えると、樹がドアをドンドン叩いた。
「いいか?」
「うん」
でも、入ってきたなり樹は驚愕の眼差しをあたしに向けてきて……
「おまえ……なんだ、その服は! 今から人に会ってもらうって話しただろぉが!」
「だって出かける訳じゃないんでしょ? いいじゃん、別に。楽だもん」
「だもんじゃねぇ! もっとちゃんとした服あるだろ?」
「あるけどミニスカとかショーパンだしくつろげないじゃん」
「くつろぐな! 大体1人暮らしの男の家来てくつろごうとしてんなよ……」
最後はへろへろと力を失くしていった樹の声。
あたしはこれから一体誰に会わせられるんだろ。
「あ、もしかして三角関係のもつれ?」
頭を抱えてソファーにドカッと座った樹の隣に座ると、樹が視線を逃しながら口を開く。
その表情は少し呆れているようだった。
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