《クールな彼は欲しがり屋》

いきなり何を言い出すのだろう。
まるで見当がつかない。

返してもらいたいもの?

「それって、一体なんのことですか?」
探るようにして沢田課長の瞳が、じっと私を見ていた。

それから少しして沢田課長は
「......あんたにわかるわけないか」と呟くように言い近づけていた顔を離し、私の腕も解放した。



「え?」

相変わらずクールな表情をしている。

「わかっていたら、あのホテルから勝手に消える訳がないもんな」

「あ......」

あの夜、大好きだった幼なじみにやっとの思いで告白して振られた。

ずっと彼だけを見てきた。

愚痴を言って飲んでみても、やっぱり彼が好きで、泣きたいくらいに好きな人だった。

彼だけを見てきたから、私は30歳だが未経験だった。つまり、男性経験無しの初心者だった。

話を聞いてくれた初対面の男と意気投合し、ホテルへ入ったのは、そんな自分を捨てたかったからだ。

捨てたら何かが変わるだろうか。
大事に守ってきたって訳じゃない。気が付いたら未経験のうちに30 歳になっていただけの話だ。

ホテルへ行き、部屋に入ってすぐにキスをした。

待ちきれないような男のキスに、かなり泣けた。

だって、実はキスも未経験だったからだ。
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