《クールな彼は欲しがり屋》

それなのに、いきなり貪るようなキスをしてしまい眩暈を起こしそうになった。

男にされるがままになって、今まで見聞きした情報のみを頼りにキスに応じて唇の力を緩めた。

待っていたように入り込んできた男の熱い舌に、我慢していた涙が溢れた。
男は、それを振られたのが原因で泣いていると勘違いしたようだ。

「忘れさせてやるから......」と言って私の首筋から後頭部にかけた位置に左手を置いて私の頬に流れる涙を右手の指先で拭った。

吐かなかったのが奇跡だ。

私のファーストキスは、初対面の男と未経験だとわからないようにした濃厚なキスだった。


男のキスが、うまいとか下手かなんてわからなかった。
昔見た雑誌にキスに関する特集記事が載っていた。それには、『キスの最中、相手は自分がしてほしいような動きをする』と断言したように載っていたのを思い出していた。

だから、男の舌に合わせて同じように動いた。必死だった。

今思うと、泣きながら必死に何してたんだろうと思うばかりだが、あの夜はどうかしていた。


夢中でキスに応えていたら、いつの間にかベッドにいた。

男が投げ捨てるようにコートを脱いだから、私も放り投げるようにコートを脱いだ。




今思い出しても、あの夜の出来事は赤面するほど恥ずかしい。


「返すようなものなんて......」

思い出したくないし、振り返りたいような思い出でもない。

私は、あの夜の男、沢田課長を見上げた。


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