《クールな彼は欲しがり屋》
黙って頷いた沢田課長は、私の腕を更に引いて
「消えるぞ」と小さく言い、前の二人とは離れて少し戻り脇道へ入っていく。

引っ張られながら、脇道へ入るまでの間に何度か二人を振り返ってみたが二人とも全然後ろを振り返らなかった。

脇道へ入ってから、
「もう良くないですか?手を離してください」
と沢田課長へ声をかけた。

「ああ、そうだな」
パッと手を離した沢田課長。


「課長、あの二人に対して気を効かせたんですか?」

「ああ、そうだ。それ以外にまぬけな面したあんたの腕を掴む意味がないだろ」

「まぬけって....私は、あの二人の関係をまだ知らなかったんですから仕方ないじゃないですか」

ムッとしていた。まぬけって、また言われていい気持ちになる人がいるわけない。

「観察力が甘いな。そんなことじゃ広告代理店の使える営業にはなれないぞ」
偉そうにいう沢田課長。
こんな男に借りは禁物だ。

「最初からやる気をそがないでくださいよ」

「やる気ね。空回りしないようにしろよ。みっともないから」
みっともない。
本当に毒舌な男だ。


あの夜は、ここまで毒舌じゃなかった気がする。最後の方は、むしろすごく優しかった。

とにかく、どんな人にしても借りは早目に返すべきだ。二人きりになれたし、今が言い出すチャンスだ。


「....あの、沢田課長。あの夜の....返したいんですけど、今ここで返してもいいですか?」

「あ?」
キョトンとした表情をしている。自分で言い出したくせに何をキョトンとしてるんだか。


「沢田課長が返してもらいたいものって言ってた奴ですよ」
私は、バッグから財布を取り出し中を確認した。

最近は、小銭を増やしたくないためカード払いが多い。それでも万が一の時に備えて一万円札を一枚入れていた。

その一万円札を指でつまみ
「あの、お釣りとか出たりします?」と沢田課長へ聞いてみた。



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