《クールな彼は欲しがり屋》
「私、もう一枚ありますから、使ってください」
生真面目な性格のためハンドタオルは二枚常備していた。沢田課長のハンカチより速く拭けると思ったからだ。
バッグから使っていないハンドタオルを取り出し、沢田課長の髪に当てる。
「いつもなら折り畳み傘を入れてるんですけど。何日か前にどこかに置き忘れてしまいまして」
「ドジだな」
クールな沢田課長がフッと顔を綻ばせた。
毒舌は嫌だが、この笑顔を見ると私の中にぐっとこみ上げてくる感情があった。
また性懲りもなく、あの夜のことを思い出してしまう。
あの夜も、一度笑い出したら笑顔が消えなくなった。クールで取っつきにくい男が、一気に身近な男になった気がした。
「もっと笑えばいいのに」
知らないうちに呟いていた。
「あ?」
不思議そうな表情で私を見た沢田課長は、気のせいか少し赤い顔をして「なんだよ」とふくれぎみに聞いてきた。
「いえ、なんでも....」
沢田課長の髪を拭いていた手を引っ込めかけた時に、私の手首は沢田課長に強く掴まれていた。
「沢田課長....」
「あの夜、あんたが俺から盗んだもの教えてやるよ」
「だから私が盗んだものなんかありませんって」
手を引き離そうと、もう片方の手を使い沢田課長の指を一本ずつはがした。
全ての指をひきはがした時、
「ルパンでも盗んだらメモを残していくもんだぞ。それをあんたはメモのひとつも残さなかった」
そう言い沢田課長の手が私の手を握った。
「だから、ホテル代なら」
バッグに伸ばした私の手も沢田課長に握られ、カウンター席で私は沢田課長に真っ直ぐに身体ごと向いていた。