《クールな彼は欲しがり屋》
うとうとしていたせいか、男の「それから」の先にあるであろう台詞について、何故か記憶がとんでいる。
アイロンをきちんと当てたような爽やかなブルーのハンカチを私の前に差し出して沢田課長は言った。
「なんであの日なんも言わずに帰ったんだ?」
「なんでって」
理由は、簡単だ。
恥ずかしかったからだ。失恋したこと、酒を飲んで愚痴を言うような所、男性経験無しなことも、知られて恥ずかしいことだらけだ。
加えて言うなら、初めてしたキスは下手だったと思うし、途中まで外したブラウスの開いた所から見えた胸は貧相だと思われたはずだ。
しかも、ホテルに着いてきておいてエッチも結局出来なかった。
無理矢理するような男でなくて幸いだった。だが、目が覚めたら気が変わり襲われるかもしれない。
それならば、男が寝ている隙に逃げるべきだ。
「あんたに逃げられて、ずっと頭にきてた」
「だ、だから、すいませんでした。お金は払います。お釣り....いらないので」
どうやら、沢田課長はかなり根にもつタイプのようだ。
「金の問題じゃない。どうして逃げたか理由を聞いてるんだから答えろ」
「理由は、は、恥ずかしかったからですよ。今も恥ずかしいです。あの日は、恥ずかしいことばかりで」
「俺が嫌だったって理由じゃないのか?」
「え?」
改めて沢田課長の顔を見つめた。
綺麗な切れ長の瞳が私をじっと見ていた。