《クールな彼は欲しがり屋》
外へ出ると雨はやんでいたが、身体を寒い風が一気に取り巻き、酔いも覚めていく。
一年前のあの夜も寒かったはずだ。それなのに寒かった記憶がない。
どうやってホテルまで行ったんだっけ。
階段を下りながら沢田課長の背中を眺めた。
下りたところで沢田課長が振り返った。
「お疲れ。じゃ、先に行くから」
そう言った沢田課長の顔は、ひどくクールで外の空気より冷たかった。
「なに、あれ」
せめて、部下が一階へ下りるまで待っててくれてもいいのに。
ビルから出て沢田課長の姿を探してみたが、どこにも見当たらなかった。
短気だし、なんて足が速いんだろう。
リベンジか。
リベンジをOK していたら、今頃はまだ沢田課長と一緒にいたのだろうか。
そんなことを考えていたら、あの夜のことを思い出してしまった。
barから出た後、私は寒さを感じなかった。
もしかしたら、初めて男に肩を抱かれて歩道を寄り添いながら歩いたのかもしれない。緊張とドキドキ感で全身が心臓になっていたあの夜。
私は沢山の初めてを経験したのだ。
あの夜の男が沢田課長だったという事実は、私も忘れるべきだ。覚えていたところで何かが変わるわけじゃないからだ。